星を見ろ

曖昧に揺らした指先にすがりついてきた細い指を、魚釣りみたいにすっと引き上げる。
彼女は可愛くて小さくて弱くて、空気中じゃ息ができない金魚みたい。
不条理な現実と、理不尽な社会の中。僕らが彼女といることで、彼女は漸く生きていられた。

こっちだよ、こっちこっち。おいで、エヴァンジェリーン。

彼女の名前は意味を持たないけれど、限りなく透明で、美しく空中にたゆたう不思議な楽器の音色のよう。
青く静かで緩やかな死を湛えたこの深淵に、彼女の名前は心地よく、優しく響いた。

宇宙の果てにある物質が、不思議な遠隔作用によって互いに影響し合うように、
僕と彼女もまた、理屈や理論によって証明された不思議な力でつながっていた。

胸の奥でうずく曖昧な感情が、この世で僕の存在を保証するたった一つの証拠。
不可能性の現代に生まれ、無変化社会に縋るようにすらなった哀れな彼女の、たったひとつの終着点。
何のために? その答えを探して、ぼんやりとただ毎日はめぐる。
答えがないから彼女は、それを自らの内側に求めるしか無かった。

不安定で快活な、欲望まみれの個性。
突き立てる愛も、食い込ませた呪いも、すべては君のため。

ああ、エヴァンジェリーン。

彼女は哀れな女だ。
そしてもちろん、それを愛する僕も。

お願いだ。

僕は手を組んで、窓辺に立ち、毎晩夜空に願う。

お願いだから彼女をこの狭苦しい世界から開放してやって欲しい。
そのためなら僕は死んだっていい。なんてね。
そんな安っぽい代価じゃ、神さまは僕の望みなんか叶えてくれない。
愛しい人へ身を捧げるエゴイズム。神さまはそういうヒロイックな妄想が大嫌いだ。

僕はチッと舌打ちをして星を睨みつけた。
吹きすさぶ冬の夜空。星は綺麗だが風は冷たい。
そんなもんさ、世界なんてそんなもんだ。