死に際には祈れない

「アタシを愛すと言ったでしょう」
「努力すると言ったんだ」

Daddyは普段の優しい彼からは想像もつかないような声で、ぶっきらぼうにそう言った
あの女の事がそれほど気になるのか。私はいつだって彼の眼には映っていない。
「約束が違う」

言いすてた途端、彼の目がギラリと光った
気付けば私は乱暴に床に押し倒されて、その首は彼の手の中にあった

幽霊は殺せない。それは彼も分かっているハズだ
それでも、私が選んだ彼には私を苦しめることができた
それも、死ぬよりも、もっと残酷な方法で
賢い彼はもうとっくに、そのことに気が付いていた

「どの口が言ってる?」

聞いたこともないような、彼のとびきり低い声が、私の喉をじわじわと絞めた
この首が気道を失ったって、息が止まったって死ぬハズもないのに、私は苦しくて苦しくて、首を抑える彼の手に爪を立てる
死んでいるハズの身体に、生きているかのような錯覚をもたらすこの男を、どうしても手放したくなかった

「アンタは…っ、…逃げられないのよ、」

かすれた声で、私は言う
目と鼻の先に見える彼の顔は、別人みたいに険しいままで
それがあまりにも滑稽で、あまりにも愛しくて、私は彼の腕を掴んでいた両手を、彼の頭にゆっくりと伸ばして頬を捉えた

彼の顔が曇る。首にこもる力が強くなる。
気道が細くなって、ますます苦しくなる。

このまま死んでしまうのではないかと、とっくの昔に死んだことも忘れて私はそう思った
それは恐怖でも、焦燥でもなく、快感だった
彼の指先も、そこにこもる力も、私に向けられた殺意も、全部全部、快感にしか感じなかった
勝手に涙が流れ出て、苦しくて、辛くて、そしてそれがたまらなく嬉しくて、私は思い切り叫びたくなる

「…ぅ………トッ…ド、…っ」

ふいに、彼の指先から力が抜けた
酸素を求めて開いた口に、彼の舌が滑りこんだ
突然頭が割れるように痛んで、彼に塞がれた唇で私は悲鳴を上げる
それでも、心の中では優越感で笑い転げそうだった
あの女は結局、私から彼を奪うことはできないのだ

彼の後頭部にまわした腕で、私は彼を抱きしめた
抱きしめたというより、彼を逃がしたくなかった

酸素の入ってこない体は息苦しくて、頭は真っ白になりそうだったけれど、
それでもそのキスは死ぬ程気持ち良くて、幸せで
私は心の中で声をあげて笑いながら、大好きな彼の頭にまわした腕に、より一層力を込めた

死に際には祈れない