たとえばアタシがあなたを嫌いになったとして、そうしたらあなたは嬉しいのかしら、?
唐突に、独り言のようにゆるりと放たれたその言葉には、若干楽しそうなヴィレッタの声色が反映されていた。ねえ、ダーティー、どう思う? あなた、アタシに嫌いになって欲しいのかしら?
店の中にひとつだけ灯るオレンジ色の火。揺らめく温もりの色。店内を優しく照らす色。いつも変わらず、そこにあるのに、消えないと大切さが分からないもの。質問の返事は返ってこない。ちらりとヴィレッタがソファーに座る彼を見やると、表情を動かさないまま、Daddyもヴィレッタを見つめた。その視線は少しだけ揺らめいて、柔らかい。少しだけ間を置いて彼は静かに答えた。
「今度は俺に何を言わせたいんだい」
アタシはいつだって愛してるって言わせたいのよ。わかってるクセに。そう言おうと唇を尖らせて、やめる。お利口さんなアタシのDaddy。彼にはそう、分かっている。だからはっきり「そうだ」と言わない。言わないし、言えない。それが彼という男で、彼の賢いところ。
「アタシは悪い幽霊よ」
ヴィレッタはにこりとわざとらしく微笑んで、するりと音もなく彼の後ろへ滑り込んだ。一瞬だけ、彼女の姿が見えなくなる。僅かに目を細めたDaddyの首に、悪寒とともに赤い爪の細い指が這った。
「あなたを殺す」
だからさァ、悲鳴を上げて。耳元で囁かれる声に、体中にぞくりとしたイヤな感覚が走る。Daddyは無言のまま、ヴィレッタが指に力を込める前にその腕を掴んだ。彼が振り向いた先、ソファーの背もたれ越しに、ゴーストは笑う。
「そんな怖い顔しないで」
ささやき声。耳障りだ。Daddyはとっさに掴んだヴィレッタの腕を離して、その手で目を覆う。頭が痛んだ。ヴィレッタがそっと愛しげに、両腕を彼の首に巻き付ける。左の腕に、彼の手の跡がくっきりと残っているのが見えた。
ステキねDaddy。じわりじわりと染み込んでくる声。優しさと、愛しさに満ちた声。体中の力が抜けて、入らない。それなのに身体の奥で、心臓が熱くなるのが分かる。Daddyはただ目を細めたまま、無言のまま宙を見つめる。
「あなたのその顔、嫌いじゃないわ」
うっとりとそう言ってヴィレッタは、今度はDaddyの横へと滑り込み、彼の頬にそっと手をのばし、触れる。愛しくて愛しくて、仕方のないものに触れる手つき。優しくて、暖かくて、苦しい。動かなかったDaddyの瞳が、小さく揺らぐ。
「アタシあなたに何されたって、あなたのこと嫌いになんてなれないわ」
だってあなたのこと愛してるもの。
心の底から。ヴィレッタが呟く。あなたもそうだったでしょう、Daddy
あの子たちを嫌いになんて、なれないでしょう
二度目の抵抗はなかった。彼の首に手をかけて、ヴィレッタは微笑む。
彼の手の跡が残る左手で、ヴィレッタはDaddyの手を強く掴んだ。