流れ星ダンスパーティー 01

シシーが大きな目を見開いてはっと俺を見上げたとき、固まった彼女の手からひらりと舞い落ちた紙が、鯉壱が昨日クレヨン片手に書いていた奇妙な図であることは、シシーの前にしゃがみこんで拾い上げてみて初めて分かった。

「招待状?」

視線を落とせば紙の上に踊るのは鯉壱の字、青い文字で丁寧に「シシー」と、少女の名前が書かれている。
「パーティーがあるらしいっスよ」と、シシーの背中越し、ハサミ片手に鏡を見ながらマネキンを弄っていた転は視線すら投げようともせずにあっさりとそう言った。

「鯉壱さん、わざわざシシーに渡しに来たんです、今朝ね」

少し不満気な転の声色に俺もふーんと曖昧な返事を返す。鯉壱が昨日から何かもぞもぞと企んでいるのは気がついていたけど、わざわざシシーに招待状を出すなんて、今度は何を考えついたんだろう。「お前には来て欲しくないんじゃないの?」と皮肉交じりに転にそう言えば、「シシーが行くところには俺も行くんです」とあっさり返された。いつでも口を開けばシシーシシーの転を、彼女から引き剥がすのは例え鯉壱でもムリだろうな。

「あのね、」

転の回答に目を細めていた俺の肩に、そっとシシーの小さな手が乗る。なあにシシー。転にバレるのが恐くてこっそり耳を寄せたら、シシーは耳打ちするように静かに囁いた。

「あのね、流れ星のパーティーなの」
「流れ星?」
「うん。流れ星ダンスパーティー。女の子がね、男の子を誘うの」

もごもごとシシーがそう言ったとき、いつから聞き耳を立てていたのか、俺より先に、転が目の色を変えた。

***

シシーの話によれば、鯉壱は今日の朝一番にこれを持って、パーティーの開催を告げに来たらしい。その時ドアを開けた転は鯉壱に笑顔で拒絶され、代わりに呼ばれたシシーに直接招待状が手渡された。パーティーの趣旨は、その名の通り。「女の子が男の子を誘う流れ星ダンスパーティー」。鯉壱のネーミングセンスは相変わらずカワイイね。

「だから兄さんには内緒なの」、とシシーが事情を説明し終わるなり、俺は眉をあげて転を見つめたし、転はハサミを持ったまま固まって、シシーを見た。補足すると、その転の熱い視線の先にいたシシーは、兄の心境など露とも知らずかわいい青い瞳でもってのんびりと招待状を見つめていたわけだが、真っ先にその沈黙に耐えられなくなったのが転であることはお察しのとおりだ。

「男の子を誘う?」
「落ち着け転」

とりあえずハサミを置け。俺が言うと転は手にしていたハサミを強めの衝撃で机に叩きつけ、それからシシーのそばまで歩いてきて彼女の小さな手の中に握られた奇妙な招待状を見つめた。兄の異変に気づかないシシーはまったりと手書きの招待状を眺め、その間彼女の背後で一緒になって紙を凝視していた転も、眉をひそめて俺を見上げる。

「女の子が? 男の子を? 誘う?」
「い、いやいや、俺は知らないよ、鯉壱が勝手にやったことだろ? なァシシー、シシーは行きたくないかもしれないし」

普段聞かないような低めの声を出す転から少し距離を取りつつ、慌てて口ごもる。だがシシーは小さな首をフルフルと振って、「シシーお星さま見たい」、とシンプルかつ素直な要求を口にしてみせるから、その真っ直ぐな響きは鋭利な刃物みたいに転の胸に深く突き刺ささり、そして転は一瞬だけ、聞いたことのない肩を竦める様なくぐもった呻き声を上げた。こいつの頭のなかにはシシーがかわいいワンピースを着て、どこぞの「男の子」と手を取り合ってダンスを踊る映像でも流れてるんだろうか。健全だろ、むしろそれは、と俺は思ったが、口にするのは止めておこう。謎の苦しみから震えていた転お兄さんは顔をあげると、這うようにシシーの肩を掴み、後ろからシシーをぎゅっと抱きしめた。

「シシー…渡したいヤツがいるの?」

転の地を這うような低音にさすがのシシーも戸惑いの表情を見せ、その様子を見ていた俺までなんだかドキドキしてきた。鯉壱、お前のサプライズは時に人を闇に落とすぞ。鯉壱に会ったらもう二度と思いつきで他人を不安にさせるようなことをしないと約束させよう。ともかく、俺は威圧感を放つ転をなだめ、なんとかシシーからひっぺがした。大人げないからやめろと叫んだら、転は怨念さえこもってるんじゃないかというような目で俺を見る。転の不機嫌さはこの瞬間がピークです。

「ハチルさんはシシーが誰かその辺をうろついてる低俗な男と手をつないで一緒に踊って気づかないうちにお酒を飲まされて部屋に連れ込まれて心に傷を負うとわかっていてそんなふうに俺を止めるんですか」
「お前は一体何を考えてるんだしっかりしろ」

呪いの言葉のように何かぶつぶつ呟きはじめた転にある種の恐怖を感じつつ、俺は転の頭を掴んで揺すった。転は普段誰よりも冷静なくせに、シシーに関することになるとパニックになって、極端に気色悪さが露見する。残念ながら相当頭がやられてるとしか言い様がない。その件について考えるたびに俺は頭が痛くなる。俺は頭を振ってそのまま転の肩に手を回し、シシーに聞こえないように彼の耳に顔を寄せ、そっと耳打ちした。

「だいたい、シシーが誘う相手なんて一人しかいないだろうが…」
「誰っスかぶちのめすから教えて下さい」
「ねェなんでそんなに発想が暴力的なの?」

何でわからないかな、俺は溜息をつきながらシシーの方を顎で差した。転が振り返れば、立っていたシシーが彼を見つめる。握っていた招待状を転に差し出して、シシーは言った。

「兄さん、いっしょに行こう」

転はシシーのことになると周りが見えなくなる。だがそれでもシシーは、転のことがちゃんと好きなんだ。
シシーはいい子だなあ、と笑って転を見れば、転は溜息をつくように息を吐いて柔らかく首を振る。

「この子は天使なんです」

転は大好きな妹に向かって消えそうな声でそう囁いてから彼女を抱きしめ、シシーは無事パートナーを誘うことに成功した。
シシーが落とした招待状、拾い上げてみれば、パーティーの日付は一週間後だ。
愛する妹にキスの雨を降らせる転をよそに、俺は鯉壱に説教するべく水槽の底へ向かった。

(150516-0629) つづきます