かみさまを探しに行く

「夢を見せてあげる」と鯉壱は言った。
きっと、世界中の神様が、鯉壱の味方をするだろうと俺は思った。
鯉壱は微笑んでクッキーを少しかじり、それから目を瞑って、俺に合図した。
「今だよ」
俺は言われたとおりに目を瞑り、鯉壱の姿は見えなくなった。

世界にはどれくらいの神様がいるだろう。人の数だけ、神はいるのだと鯉壱は言う。彼の言う「神」が一体何を指すのか、俺にはイマイチよく分からないけど、そいつは一人ひとりの心の中に住んでいるらしい。鯉壱が言うには、神様は宇宙の向こう側からやってきた高次元生物なのだそうだ。
「次元が一つ上に上がると」と、鯉壱はクッキーの缶を使って俺に説明した。
並べられたクッキー缶の一つを指で倒して、彼は俺を見る。
「僕らには認知できない。知覚できない超越的な存在を、僕らはいつからか神と呼ぶようになった」
エイリアンかよと呟いた俺の声に、鯉壱はただちらりと視線を投げて寄越しただけだった。

鯉壱はしょっちゅう信心深い祈りのポーズをしてみせるくせに、それがパフォーマンス以上の意味を成さないことを知っていた。どんなに神に必死に祈ったところで、クッキーは空から降ってこないし、池の水は突然ミルクティーになったりしない。鯉壱の欲望を叶えるために、神様はいちいち小さな願い事を全部拾ったりしないのだ。
「対価交換だ」と鯉壱はクッキー缶をもう一度立たせて、その中から一枚クッキーを取り出してみせた。空だと思っていた缶の中にはまだクッキーが残っている。
「ギブアンドテイク。わかる? 神様はシビア。代償を払える人にしか、対価を与えない。世の中そういう仕組みになってる。シーソーゲームみたいに」
鯉壱は徐ろにポケットに左手を入れると、開けた缶の中に取り出したチョコレートをしまって、出したばかりのクッキーを齧った。

「でも鯉壱、それならその分の対価を払えば、何でも手に入るってことになるよ」
「そこが神様の不思議なところだ」

鯉壱は嬉しそうに笑って俺を見つめる。ミルクティー色の髪が揺れるのを黙って眺めるとき、俺は自分がこの笑顔のために何か犠牲にしたかどうかをいちいち考えるのは嫌だ。

「神様は気まぐれでさ」
「支配者ってのは皆気まぐれなもんだよな」
「いつの時代も」鯉壱は缶を開けて、しまったばかりのチョコレートを取り出すと包み紙を破いた。
「結局は個人の自由意志が神に勝つ」

チョコを食べ始めた鯉壱が満足気でも、俺は納得いかず疑問符を浮かべたのは言うまでもない。
「なんだそれ」
眉を下げてボヤけば、鯉壱は瞼を半分ぐらい落として、目を細めた。

「だから言ったでしょう、神様は皆の心の中にいるんだってば。心の中、つまり脳内だ。脳の中の伝達細胞の中に発生する意識の中」
「要するに神はいないんだ」
俺があくび混じり言った一言を、鯉壱は首を振って否定した。
「だから、いるんだって。ハチコの中にも」
「ふうん」
「支配者はいつだって気まぐれなんだ」
俺の言葉を繰り返して、鯉壱はチョコをまた齧った。
「それが解ってるくせにどうして信じないの?」
「話がよく分からないんだよ」
神とか、意識とか、こころとか。それに、なんとなく騙されてるカンジがするだろ。
矛盾してないか? 脳内に神様が巣食ってたとして、そいつらが受け取ってる対価って何なんだよ。
「ごはんだよ。エネルギー。栄養摂取。脳味噌を動かすためのお砂糖」
鯉壱は可愛い顔で平然とそう言った。ああ、そういう回答をけろりと言ってみせるところ、鯉壱のスゴイところだ。
俺にだって分かるよ、悪夢みたいな答えだ。神を冒涜してるって思われても仕方ない。

そんなに信じないんなら、と鯉壱は斜め上の方を見上げて考えるような素振りをした。
「夢を見せてあげる」と鯉壱は言った。
「夢?」
「僕の言ってることがよく分かるハズだよ。支配者がハチコの頭のなかに住んでるってことがね」

繰り広げられるのは相変わらず無理矢理な理屈。だけど鯉壱が言うんだからきっと、世界中の神様が、鯉壱の味方をするだろうと俺は思った。鯉壱はクッキーを供物に想像力というやつを、パフォーマンスを武器に周囲の行動を、支配してしまうやつだから。多少理不尽で強引な妄想でも、それを現実に変えてしまいそうな気配がする。
だから俺はため息を吐き、大人しく鯉壱の指示に従った。
支配者はいつだって気まぐれだ。
鯉壱は微笑んでクッキーを少しかじり、それから目を瞑って、俺に合図した。
「今だよ」
俺は言われたとおりに目を瞑り、鯉壱の姿は見えなくなった。