消えちゃいそうな白

全てをまっ白に染め上げた雪が漸く降り終わる頃には、
暖かい室内に引きこもりっぱなしの鯉壱を外へ連れ出そうという緑露の働きかけに、
さすがの鯉壱もいよいよ逃げられなくなった。
「クマだってカエルだってみんな冬眠してるじゃないか、僕だけ外に出ろなんて、酷いや、」
「鯉壱サマ、何とおっしゃろうと室内にこもりっきりは良くないんです、分かってくださいな!」
「じゃあ、じゃあハチコは?ハチコも冬の間は出てこないでしょ?どうしてハチコは良くて僕はダメなの?」
「もう!分かってらっしゃる癖に!!」

緑露がむすっとした顔を浮かべたのを見て鯉壱は黙って肩をすくめた
わかってる、わかってるけどさ、言い訳したくなるのがぼくの癖なんだ、
緑露ちゃんだって、分かってるでしょ?

裸足の素足で外に出るのも流石につらくて、彼は赤い靴下に緑露が引っ張り出してきたブーツをはく
なんだか少しだけ視線が高くなって、漸く彼も笑顔を見せた

「ぼく、ちょっと背が伸びたみたい」

微笑む緑露に片手で言ってきますと合図して、鯉壱は彼女に編んでもらった毛糸のマフラー片手に外へ出る
水槽の底には氷が張っていて、いくら鯉壱でも寒中水泳はしたくないな、と思う
胸一杯に吸い込んだ冷たい空気は鯉壱の鼻をつんとつくばかりか目頭まで熱くさせて、彼は小さく頭を振った

その時、ばしゃ、っと突然何かが彼の背中に当たった
彼を襲った雪玉は砕けて落ちて、慌てて鯉壱はその冷たい雫を払う
普段なら緑露が叩き落してくれたであろうそれも、あっという間に白に溶けて分からなくなってしまった。
呆気にとられた彼の後ろで、くすくす笑いが聞こえてくる
むっとした表情振り向いた鯉壱に、彼はにやりと口角を持ち上げた

「俺がいなくてさびしかったろ」

自信満々なその笑顔に鯉壱は顔をしかめて見せた

「まさか。普段より静かで充実してたよ」

呟いた一言は、あっという間に白く空気を歪ませて二人の間でふわりと溶ける
蜂散がついたため息に、漸く鯉壱は呆れ交じりの笑顔を見せた

「おかえり」