おいてけぼりのかまってちゃん 

夏が終わる。
近頃着まわしていた薄手のワンピースで外に出た瞬間、わたしはそれを悟った。
ひゅうと通り過ぎる肌寒い風に、顔をしかめて自分の腕を抱く。
意地悪な夏、いつだってあっという間だ。

「やだ寒ーい、いやになるわねー」

わたしのあとに続いて店から出てきたペニーさんが、肩をすくめて楽しそうに笑った。
わたしがしかめっ面をしているのを見ても、この人はわたしの不機嫌な気持ちを察するどころか、むしろそんなわたしを面白いと笑うようににっこり微笑んで、両方のほっぺたをぐいと摘んでくるのだから嫌になる。
ぺにーさん、いたいれす!
もごもごした声で抗議すればなおさら、彼女は満足そうに声を立てて笑った。

「ブサイク」
「もー気にしてんだから言わないでくださいよ」

つままれたほっぺたがじんじんする。ペニーさんのこのおちゃめな暴力をわたしが毎回許せるのは、なんだかんだ言いつつもこの関係に満足しているからだ。だって優しいペニーさんは、ほらこうやって涙目で文句を言えばすぐに、「あら、あなた十分可愛いわよ」、だなんてさらりとそう言ってみせるから、ああまったく、わたしはこの人を嫌いになれない。なんて単純きわまりない。

わーありがとうございますー、と棒読みの返事を返しつつ、わたしは重たい鍵の束を引っ張りだして、ペニーさんのお店に鍵をかけた。ガチャリといつもの音がして、それからもう一度ドアノブを回して、うん大丈夫。ちゃんと閉まってる。

ペニーさんのお店は、夕方になると閉まる。バイトの私は、営業時間が終わる頃になるとこうしてペニーさんのあとについてお店を出て、鍵を閉め、お家へ帰る。ペニーさんの高いヒールが石畳を蹴る音が通りに響く、この瞬間がわりと好き。あたりはもう暗くて、石畳の通りを照らす街灯はオレンジ色の光を灯していた。あの街灯。すらっと伸びた背に帽子をかぶせたようなその姿がおしゃれすぎて、見下されてる気分だ。

暗くなった街。ポツポツと明かりの消えていく通り。
わたしひとりぽつんと置いて、すたすた歩き出すペニーさんの背中。
あの背中が遠ざかっていくのを、黙ってぼんやり見ているわたし。

気づかないうちに、そう、夏は終わっていた。
楽しい日々は、思い出になっていた。
ひまわりはとっくに項垂れて、空には雲なんてもうない。
冴えない頭でぼんやりとそれがわかった頃には、なんだか心だけがひどく切なかった。
ペニーさんの背中が遠ざかっていく。
見つめれば見つめるほど、足がすくむ。

待ってくださいよう、と声をかけてから、それがあまりにマヌケな声だったことに恥ずかしくなった。上ずった声で呼び止められたペニーさんは、くるりと振り向いて、不思議そうな顔をする。慌てて走っていった先で、ペニーさんの細い腕にしがみついた。ペニーさん、ごめんなさい。心臓が急に、痛くなったんです。

「おいてかないでください」

絞りだすようにそう言って、そう言うのが精一杯で、彼女の目を見ることもできないまま、わたしは地面を見つめ続けた。ペニーさんは優しいから、こんなどうしようもない私を許してくれて、何も言わずにいてくれる。それを知っていたわたしは、涙が溢れるのをどうにか我慢した。

子供じゃないのよ、だなんて、降ってくるペニーさんの優しい声。
ああそうか、そうですよね。
気づかないうちに、わたしも大人になっていくのだ。