Cathie 03

俺の愛した彼女はいとも簡単に死んだ。
俺の見えないところで俺に黙って死んだところを見ると、最後の最後まで俺を苦しめ、死んでからも俺に甘い思いをさせるつもりはないらしい。
彼女の死体は美しく整えられたまま、狭い箱の中に入っていた。
俺は、箱の中の彼女を凝視したまま微動だにせず、ぼんやりと思う。
暗い墓地で墓かっさばいて彼女を見つめている今、このまま彼女と一緒に眠れたら、どんなに楽かと。
実際そうしたかった。俺は目を細めて、彼女の頬を指でそっとなでる。
生きてるみたいだった。死んでるはずがないと思ったけれど、俺の指がなでたその頬が、柔らかく微笑み返されることはなくて。

「おとぎ話みたいだなんてよく言えたよな」

俺は眠ったままの彼女に、消え入るような声でささやいた。
結局お前はお姫様になんかなれなかった。
夢のような恋に落ちて、幻想だらけの愛を食べて、幸せだと笑ったお前でさえ、こんなにもあっさりと死ぬんだ。
そう思うと、なんだかこの女が哀れで、不様で、愛しくて愛しくて仕方なかった。

「ざまァみろ。俺を愛さなかった罰だ」

俺は安らかで美しい彼女の死に顔に罵声を浴びせると、その冷たい唇に口付けた。
俺を愛していれば、死なずにすんだのに
こいつはそれに、気づいていたはずなのに

静か過ぎるその口付けは、甘美な死体の味がした。
このままこいつを喰ってやろうか、と俺は一瞬思いをはせる。
せめてお前の事を喰い散らかせば、俺がお前をどんなに愛しているか、どんなに憎んでいるか、お前をみすみす殺したあのバカに見せつけてやれると思ったのだ。
しかしその静かな体を抱き起した瞬間にそんな虚栄心は吹き飛び、俺の頭は純粋な本能、己の欲望のみに支配されることになった。
その白く美しい肌に歯を立てられたらどんなに気持ちがいいか、冷たい肌に触れているだけで、美しい顔を見つめているだけで、俺は気が狂いそうだった。

この女を一口ずつ飲み込んでしまおう。この死にそうな飢えと渇きを、もう二度と得られないお前の愛で埋める代わりに、お前の体で紛らわそう。きっと特別なディナーになる、お前は俺の一部になって、俺はようやくお前を手に入れられる。
そう思ったら、もう止まらなかった。
震える指先で彼女のあごをそっと持ち上げて、キスを落とすように優しく、俺は彼女の首筋に噛みついた。
柔らかい肌に俺の歯が食い込んで、とたんに彼女の香りがした。

彼女の味は俺が思い描がいていたものとはだいぶ違って、甘くとろけるような甘美な味は一瞬で終わってしまった。
そこから先は、柔らかい肉と、濃いピンク色の血液の味、つまり、他のリヴリーと同じ味だった。
それでも俺は腕に抱いた彼女をようやく俺のものにしたという満足感で、ほとんど味も分らないまま彼女を飲み込んでいった。
結局俺は、彼女を味わうこともせず、興奮に任せて恐ろしいほどあっさりと彼女を喰い散らかし、彼女の方も俺の胃袋に収まるべくして収まると、あっけないほどあっという間に溶けてなくなってしまった。
だから彼女をぺろりとたいらげた後も、そうする前と同じように間抜けな顔をさらして墓場に座り込んでいた。
何かがおかしかった。俺はその場で目を細めて、ピンク色に染まった自分の手を見つめた。
ついさっきまでそこに抱かれていた、見えない彼女の姿を見ていた。

彼女を喰えば、満足できるはずだったのに。彼女からの愛が入るはずの空っぽの心は、彼女だけが埋められるはずなのに。
ピンク色の血だまりの中、愛しい彼女のにおいに包まれて、それでも俺は空腹を抱えていた。
俺の飢えた胃袋は、彼女の体なんかじゃ満足できなくなっていたのだ。

彼女を飲み込んだばかりだというのに、腹が減って死にそうだった。
空腹のあまり目眩がして、どこからか湧きあがってくる吐き気に俺は口を押さえて血だまりに倒れ込む。
嗚咽が漏れたが、せっかく手に入れた彼女をもう二度と手放したくなくて、俺は執念だけでよろよろと立ちあがった。
あの女、と俺は忌々しさに顔をゆがめる。死んでからも俺を苦しめるだなんてこと、分ってたんだ、最初から。
最後の最後まで俺を苦しめ、死んでからも俺に甘い思いをさせるつもりはないのだと。

俺は彼女への憎しみをたぎらせながら、それでも、何を喰べたらこの空腹が満たされるのか、さっぱり分からなかった。
俺に与えられるはずの彼女の愛が欠落したまま、そこに何を入れれば満足感が得られるのか、俺には分らなかったのだ。
ただただ喘ぐたびに、冷たい空気が俺の肺を刺激して、それさえ噛んで飲み込んでしまいたくなる、見るものすべて、なんでもいいから、なにか、この虚無感を埋める、なにかを。

俺は喘ぎながら必死に手を伸ばして、空をつかんだ。
指先をかすめるのは彼女の残像。彼女の笑顔の、幻影。

欲しかったのは、満腹感だ。
俺はその手を下せないまま、宙を見つめる。
俺が欲しかったのは、お前に愛されてるっていう、満足感。

血だらけの体を引きずって、地面に這いつくばりながら俺は笑った。
あの女がいなくなった今、俺の空腹を満たせるものなど何もない。

「残念だ、キャシー。俺はお前を愛せそうにない」

皮肉を吐いて、俺は彼女のにおいにまみれてげらげら笑った。
最悪な気分で、死にそうだった。
それでも俺は笑いが止まらなかったのだ。
結局俺は何も得られなかった。
それでも確かに、腹をすかせたこの体の中で彼女は俺とともにあるのだと、そう思ったら愉快で仕方なかった。

「あァ、俺は、こんなにも、こんなにもお前を愛してた」

こんなにも、こんなにも、お前に愛されたかったんだ

指先が震えた。体中ガタガタだった。目を閉じたら涙が出そうだった。
恐ろしくバカで、愛に飢えて、腹を空かせた貪欲な俺は、ぐちゃぐちゃの地面に寝転がったまま、
まぶたの裏側にちらつく忌々しいあの女の思い出以外、喰えるものなどないのだということに気づく。
俺は一生、あいつを喰って生きていくのだ。忌々しい、俺を愛さなかった女を、愛し続けて生きていくのだ。
そっと腹に手を乗せて、その下に彼女がいるのかと思うと、俺はたまらなくなる。
彼女の美味くも不味くもない、何の特徴もないそっけない味を、どうやったら忘れられずにいられるのか、俺には自信がなかった。