ギプスコントロール

ハチルさんがギプスに名前を書くって言い出したから、わたしはばかみたいに大きくハチルさんの名前を書いてあげた。だけどわたしが書いた蜂って漢字は棒がいっぽん足りなくて、それに気づいた瞬間、ハチルさんはめちゃくちゃ残念な顔をした。

「だって名前漢字で書かないもん」
「だけどさ、俺の名前なんだよ」

んなことはしるか。お前は一体何様だ。

思い切り力を込めて閉めたマジックのキャップがカチッとなって、わたしは適当にそれを放り投げた。これでもう直せないよ。ハチルさんはわたしを見てしかめっ面をする。

「ハチルって本名?」
「なんで」
「変な名前だから」

ハチルさんは笑って、たしかにそうだな、と付け加えた。
きっと本名じゃないな、とわたしはおもう。
本当はもっと、ヤバイ名前なんだ。
ぱっと思いつきはしないけど、人に言えないような、ヤバイやつ。

「なんで怪我したの」
「言わなきゃダメ?」

ほらほらほら。また秘密だ。
動けないハチルさんはわたしを隣に座らせて、私が黙ると知っていてそうやって笑って甘えてくるから、わたし、わたし、まあ、もう、別に言わなくてもいいけど。

「優しくして欲しい?」

少し目を細めてそう口にすれば、ハチルさんはすこし驚いたみたいにわたしを見つめた。
ギプスして動けない怪我人を恐喝するのは、どれくらい罪深いことかな。
わたしに内緒で、私の知らない女の人を愛するハチルさんと、どっちが悪い人間だろう。

「ねえ、わたし、優しくしないよ。優しくしなきゃいけないのはハチルさんだよ」
「俺?」
「そうだよ」

黙っててあげるから、何も聞かないでいてあげるから、
せめて隣にいる時ぐらい、わたしのことしか考えちゃダメだよ。

「わたしにもっと優しくしなきゃダメ」

そうじゃなきゃ、もう片方の足はわたしが折るよ。
わたしがそう思ってることはもちろん彼には秘密だから、
わたしは彼の秘密を許してあげなくちゃいけないかもしれない。
優しくして欲しいなら、いい加減、白状しちゃいなよ。

彼がいとも簡単にわたしを忘れてべつのひとを愛するように、
わたしが怪我人を拷問するのも、意外と簡単かもしれない。