うつぶせのじかん

「よるだから。ねてるの」

何をしているのかと俺がそう彼女に尋ねた時、彼女はうつぶせのままもごもごとそう言った。
小さな頭を枕に押し付けて、まるで見られたくないものを腹に隠しているみたいにして、
そのまま立たせたらぴしっとした綺麗な姿勢になるんだろうなと、容易に想像のつくほどの格好で 「それは寝る体制じゃねェよ」
「…どんな体制で寝ようと、俺の自由だろ」
「息苦しくないのかよ、うつぶせなんかで寝て」

呆れ交じりに吐いたセリフは、暗い部屋の中に静かに吸い込まれていった
エマはまたもごもごと何かを呟いたけれど、その声は小さすぎてよく聞こえない
小さな彼女の背中は、暗闇の中では輪郭も曖昧で、まるでベッドの上におかれた人形のようにさえ見える
俺がその体をひっくり返してやろうと彼女の肩を掴んだら、エマは小さくまたもごもごを繰り返した

「なに?聞こえねェ」

今度はベッドのわきに座りこんで、枕に埋まったままのエマの頭に手をのせる
小さな小さなエマの声は、なんだかなんとなく、泣いているように聞こえた

「お前には、見られたくねェっつったんだよ」

やけに静かな部屋に、エマの声だけが響く
突き放すような言葉を吐いておいて、
すがるような、その必死なか細い声に、俺の手は思わず固まってしまって

「エマ?」

エマの小さな肩が震えて、怒ったのかと思うとそうではなくて
うつぶせのままだった小さな人形は、突然俺の知っている少女に戻る
がばりと起き上るなり俺の首に抱きついた彼女は、いつでもまっすぐで、どんなときでも必死で

「見るなバカ」

ぐすり、鼻をすするエマの顔は見えないまま
俺が溜息とともに小さく浮かべた微笑みも、彼女の眼には映らないまま

すぐそばで聞こえたその精一杯の強がりに、
何があったのかも知らない俺は、ただ子供をあやすようにしてその小さな背中をたたいた


( はいってこないで、でもそばにいて )