愛されガール

夏だから海へ行きたいですと、言い出したのはサマリーだった。
青春にコンプレックスを抱えた女は、たまにこういうわけのわからないこじつけで、失われた青春を取り戻そうとする。巻き込まれる俺たち大人は、彼女の頭の中の病気に気付きながらもにこりと優しく微笑んで、海に行きたいのか、サマリー、君の好きなところに行こう、夏だもんな、などと同調してやることが彼女を満足させ、かつこの場を円満に納める方法であることを知っている。俺は良い子のサマリーがわがままを言うのを別段迷惑だとは思わないし、それぐらいのことで彼女をいちいちやり玉に挙げて、良い歳した女が海だと?だいたい海なんか行ったって良いことなんかひとつだってない、俺にメリットがあるのか?お前が満足するだけだろう、俺は忙しいんだ、一人で行ってこいだなんて、彼女の心を滅多刺しにするような器の小さい男でもない。サマリーがその大きな瞳で俺を見つめて返事を待つ3秒の間、その短い時間の半分を俺は回答を準備する時間に使い、残りの半分を彼女の瞳を見つめ返すのに使った。サマリー、君は不思議な子だな。どうしてこんなにもあの小娘と違うんだ。歳も、背格好も、君はあの小娘と変わらない。食べてるものだって大差ないはずだ。ペニーの作る飯を、二人で仲良く食べてるんだろう? となればサマリー、俺は不思議に思わずにはいられない。あの忌々しいイージー・ベルは、なぜ、君みたいに人に好かれることができないんだろう。

「わかった」

俺がそう言うなり、えっと短い驚きの声をあげたのは、あろうことかサマリー本人だった。
「それって…」
眉間にしわを寄せて彼女は首をかしげ、俺を見つめ、口を開く。やはり失礼なやつだしわがままな女だ。行ってやると言ったんだ、短く繰り返せばサマリーは、その大きな瞳を必要以上に大きく見開いて、まばたきをもう一度繰り返した。それからうおーっと突然叫び出したかと思うと、大きくぴょんと飛び跳ねて、ペニーさん!やりましたー!!と店の奥へ走り出す。なんだ、おい、ペニー、お前らグルか。ため息をつきたくなるほど拍子抜けするような間抜けな彼女の歓声が店に響いて、俺は相変わらず頭のキレるこの店の店主の微笑みをついつい頭に浮かべてしまう。

サマリーの動きのひとつひとつを、イージーに見習わせようか。別に、あの子に愛しさを覚えているわけではないが、ただイージーがこういう動作を習得できたら、周りに不快感を与えないように生活してくれたら、と願う想いは切実なのだ。おおはしゃぎのサマリーがペニーの腕を掴んで店の奥から引きずり出し、彼女の細い腕に引きずられてきた店主もはいはいと彼女をなだめる。こういう状況を、俺はイージーに与えられず、ペニーの方はサマリーに与えられているわけだ。イージー・ベルが海に興味を持つかどうかなんて、考えなくたって、答えはノーに決まっているけれど。俺は疑問に思わずにはいられないのだ、イージー・ベルはなぜ、君のように愛されないのかと。なぜ君のように、幸せそうに笑うことができないのかと。

「ありがとうございますネッドさん!」

ああ、感謝される価値なんてない、俺は君に感謝されるに値しない
ここに彼女はいない、サマリー、

ここに彼女はいないんだ