目を話した隙にゾッドがいなくなった。
いつものように山のように書類をくれてやったら、ブサイクな顔で「つまんない」とぶうたれて鮮やかに彩られた爪先をいじりだし、かと思うと泣きそうな顔でわざとらしく口をへの字に曲げ、「先輩、今日はお休みにしましょうよぉ」、と鳥肌が立つような甘ったるい声でほざいたその彼女がだ。彼女が自分勝手なのはいつものことだし、数十分前のその発言からもこの現状は示唆されていたのだから、別に驚きはしない。
私はコーヒーを片手に自分のデスクに座り、ただ無言で両肘をついた。乱雑としたデスクの上にコーヒーを置くと、書類の山の一番上に、我が新米隊長ゾッドに関する資料が重ねておいてあるのが目に止まる。きついアイメイクと、白い首筋に細く見え隠れする刺青。クリップでとめられた彼女の顔写真に写る可愛い笑顔に隠されたその幼さと攻撃性は、まるでどこか友達の家に突如として転がり込んできた反抗期の家出少女のように、信用には足らず、しかし放っても置けないような、純粋な愛らしさと言えるかどうかわ疑わしいが確かにそれに似た魅力を持っていた。
三番隊とはいえ隊長格に彼女のようなお気楽でノーテンキで、無責任な女が着位するだなんてことは、以前の旧体制下では考えられなかった事だ。とは言え紙面に並んだ数々の実績は、彼女の腕が隊長格に十分ふさわしい事を証明している。短絡的で楽観的。難しいことは考えない。顔合わせの前に自前に入手した彼女の資料を見て、クイン様が好きそうな女だなと思ったのを覚えている。リヴリーには寛大で、身内にはおとなしい。そんな穏やかな性格の人材はもう、今の隊にはどこを探してもいない。唯一一人名前を上げることができるとしても、その彼は女王陛下の特別枠だ。ゾッドはまさしく呆れるほど恐ろしく典型的な自己中心型の小娘で、愚かで哀れな男相手に可愛さを惜しげも無く武器にするようなろくでもない女だ。自分の嗜虐心と快楽のために相手を利用し、食いつぶす。正直苦手なタイプだ。時にはその浅はかな言動に嫌悪感さえ覚えてしまう私には、バカで可愛いだとかそういう単純な割切り方をすることが出来ない。ましてやそんな私がクイン様から直々に彼女の教育係を仰せつかったのは、決して私が人材育成において優秀だったからではない。この小娘は旧体制下で旧クインを支持していた私への罰だ。もちろんそんなことは書類の次点で分かっていた。育成任務に託けて私を近づけさせたくないとクイン様はお考えなのだ。旧体制下の浄化できない残留物を、せめて彼から遠ざけて置けるように。
溜息。コーヒーが湯気を立てている。
デスクの上には積み重なった書類。バラバラに散乱していないのはまだせめてもの救いだ。モンスターの部署にも書類担当はいる。フィールドアタッカーの墓場。暴れられずに書類の数字と格闘する。モンスターにとっては異常なまでにストレスの貯まる辛い仕事。
私の罪は二つあった。この業務に縛られる程度の罰で済んでよかったと思うか、それとも与えられる罰が大きすぎると思うのか、私はその判断をする感覚さえ麻痺している。一つ目の罪は、過去の女王に使えていたこと。二つ目の罪は、クイン様が一番欲したものを、その手から逃がそうとしたことだ。