ハロウィンのお菓子は美味しくない

 血まみれの人がたくさんいた、と鯉壱は心底嬉しそうに笑って、ぱんぱんに膨らんだポケットから掴めるだけのお菓子を引っ張り出して見せた。小さな手から、紫やオレンジの包み紙のキャンディが溢れるのを見て「よかったなあ」と簡単な感想を漏らす。鯉壱はすっかり興奮していて俺の話を聞いていなかった。「白か黒か、あとは血まみれか、どれかだったよ。ハチコもくればよかったのに」と一気にまくし立てた後、手に持っていたジャックオランタンをようやくテーブルに置いて、俺を見る。

 「ねぇモンスター」、と、鯉壱は頭からネジを引き抜きながら、俺の前に座り込んで言った。「マシュマロでもたべる?」

 秋の次には何が来るか、僕はちゃんとわかってるよ。と、鯉壱は手の中からいくつか小さい包み紙を選んで、ひっくり返しながらそう言った。秋の次は冬が来る。僕らはいつもその前に、かぼちゃを育て、ディムベリーを植えて、ブラックパンを作り、羊毛をコケモモで染めてセーターを編んで、冬支度をする。リスだってどんぐりを集めてきて、あちこちにちゃんと蓄えておくんだ。はい、たぶんこれ全部マシュマロだと思う。

 手渡された包み紙は銀色で、暖炉の炎を反射してオレンジ色に光っていた。

「リスは集めたどんぐりを無くすだろ」
「そこがリスの可愛いとこ」

 マシュマロは好きじゃない、と言いそうになったけど、鯉壱が頭から抜いたネジを持ってソファーの上に上がってきたので黙っていた。暖炉の火が相変わらずゆらゆら揺れて、ぱちぱち木が爆ぜる音がする。

「次は何しよう」

 ぽつりと鯉壱が呟いたのを、俺は重たい頭で聞いていた。二人で何かしようなんて、もう思うなよ。ちゃんとわかってるんだろ?  次の季節が来ることを。そう思うだけで、口にはできない。俺は臆病者だから、鯉壱、 俺はちゃんと鯉壱の顔が見れなかった。だから、銀色の包み紙を破いて、真っ白いふわふわした食べ物を取り出して、鯉壱の口に入れた。鯉壱は鳥の雛みたいに黙ってそれをもぐもぐ食べて、空中を見つめた。

「冬が来る前に太れ。緑露の言うこと聞いて、いい子でいろよ。冬の次は春だ。わかってるだろ」

 うん、と鯉壱は呟いた。きっと呟いた。声が小さ過ぎて、呟いたかどうかわからないくらいだった。鯉壱はしばらく固まって、暖炉の炎を見つめていた。そのあと、もぞもぞと俺の手から銀色の包み紙を取り上げた。

「…マシュマロって、単体で普通に食べても美味しくないね」

 同感だ、と俺は思った。思っただけで、言わなかった。浮かれてる間は気づかない。自分が何をしてるかなんて。その手に何を一生懸命集めてるか、リスはちゃんと自覚してるだろうか。わかってたら、きっと無くしたりしない。

 俺と鯉壱の手の中に、まだ大量に残っている銀色の包み紙が、オレンジの光を受けて輝いている。 鯉壱は黙って、二つ目の包み紙を開けた。