転とシシー、蜂散 言葉にするとありがちで薄っぺら〜く見えて絶望さえしてるけど、忘れたくないから残しておく 転さんから見える蜂散さんってどんな感じ? more転さんが蜂散さんを評価してる理由考えてた。シシーや自分をいざというとき守ってくれるモンスターとしての暴力性、それでいて迷惑をかけない従順さ、生活を脅かさないだけの穏やかさ、気遣いできる細やかさ、コミュニケーション力、可愛げ…こういうのはたぶんシシーがいる転さんの生活にとって都合のいい蜂散さんで、転さんはみんなの前でこの質問をされたらこうやって指折り数えて挙げられる。 でもたぶん彼は、こうやって挙げる以上に、自覚できてないレベルで蜂散さんを尊敬してるし、憧れてる。友達以上に、もっと縦っぽい、極端に言えば「兄貴」みたいに思えるだけの量の、憧れが転さんの中にある気がする。これは家族的な、安心できるホームというよりは、1人で前進するための、あるいは後に続くための精神的な繋がりだと思う。うーん。ちがうかな。両方ある。基本は後者なんだと思う。(鯉壱は前者にウェイトが乗っている気がする) 転はたぶん、蜂散に連帯を示してるんだよな。「お前がモンスターとして誰かを傷つけようが、それはお前自身の価値を下げない。なぜならお前はそうすることで誰かを守り、自分自身を守ったから」というような理論が転の中にあり、それは転が自分自身に言い聞かせてることでもある。 転は、蜂散の「使うべき力を、使うべきときに使うことができる」部分を評価をしている気がする。これには暴力的な要素も含まれている。蜂散さん自身は嫌っていることでもあるけど、転にとってはシシーを守るために絶対に必要なこと。そしてこれを評価するという行為自体が、自身の暴力を正当化するために転にも必要なんじゃないかと思う。 鯉壱はまだ水槽の中にいて、世界の複雑さも、厳しさも、痛々しさもほとんど知らない。でも転も蜂散も、モンスターの暴力性や争いとすぐ隣の世界で生きてる。それでも自分の手の中に収まる分だけは自分で守る、って信念が、転と蜂散には共通している気がする。 転さんのそれが暴力の街2ndに諦めと共に存在している意地と精神力からくるものなのか、そもそも彼に備わっているナルシスティックで男性性的な、そうあるべきという英雄願望に似たものなのか、その辺はよくわからない。たぶん転さんは、まだ必死なんだと思う。 理性的に生活をこなしながら、ストイックに自分の欲望を排除してるつもりで、内心はイラついてるし、モンスターみたいな力があればもっと我慢しなくて済むのに、って心のどこかでずっと思ってる。だから蜂散さんが好きなんだよ。彼の力には価値があるから。その力を使って見せて欲しいって思ってる。隠すんじゃねえよって思う時さえある。 でも同時に、彼がわざわざリヴリー側で暮らすことを望んで心の底からシシーに笑いかけてくれたりすることも、転にとっては精神的な支えになってるんじゃないかな。それは力では手に入らない、蜂散と転が2人で時間をかけて努力して、やっと手に入れたことだから。 転さんは蜂散さんのモンスターの部分に憧れているし、同時にそれを制御できる蜂散さんを尊敬している。そしてそうなりたいと思っているし、俺だったらもっと上手くできるとも思っている。close wavebox 2026/06/13 edit
転とシシー、蜂散
言葉にするとありがちで薄っぺら〜く見えて絶望さえしてるけど、忘れたくないから残しておく転さんから見える蜂散さんってどんな感じ?
転さんが蜂散さんを評価してる理由考えてた。シシーや自分をいざというとき守ってくれるモンスターとしての暴力性、それでいて迷惑をかけない従順さ、生活を脅かさないだけの穏やかさ、気遣いできる細やかさ、コミュニケーション力、可愛げ…こういうのはたぶんシシーがいる転さんの生活にとって都合のいい蜂散さんで、転さんはみんなの前でこの質問をされたらこうやって指折り数えて挙げられる。
でもたぶん彼は、こうやって挙げる以上に、自覚できてないレベルで蜂散さんを尊敬してるし、憧れてる。友達以上に、もっと縦っぽい、極端に言えば「兄貴」みたいに思えるだけの量の、憧れが転さんの中にある気がする。これは家族的な、安心できるホームというよりは、1人で前進するための、あるいは後に続くための精神的な繋がりだと思う。うーん。ちがうかな。両方ある。基本は後者なんだと思う。(鯉壱は前者にウェイトが乗っている気がする)
転はたぶん、蜂散に連帯を示してるんだよな。「お前がモンスターとして誰かを傷つけようが、それはお前自身の価値を下げない。なぜならお前はそうすることで誰かを守り、自分自身を守ったから」というような理論が転の中にあり、それは転が自分自身に言い聞かせてることでもある。
転は、蜂散の「使うべき力を、使うべきときに使うことができる」部分を評価をしている気がする。これには暴力的な要素も含まれている。蜂散さん自身は嫌っていることでもあるけど、転にとってはシシーを守るために絶対に必要なこと。そしてこれを評価するという行為自体が、自身の暴力を正当化するために転にも必要なんじゃないかと思う。
鯉壱はまだ水槽の中にいて、世界の複雑さも、厳しさも、痛々しさもほとんど知らない。でも転も蜂散も、モンスターの暴力性や争いとすぐ隣の世界で生きてる。それでも自分の手の中に収まる分だけは自分で守る、って信念が、転と蜂散には共通している気がする。
転さんのそれが暴力の街2ndに諦めと共に存在している意地と精神力からくるものなのか、そもそも彼に備わっているナルシスティックで男性性的な、そうあるべきという英雄願望に似たものなのか、その辺はよくわからない。たぶん転さんは、まだ必死なんだと思う。
理性的に生活をこなしながら、ストイックに自分の欲望を排除してるつもりで、内心はイラついてるし、モンスターみたいな力があればもっと我慢しなくて済むのに、って心のどこかでずっと思ってる。だから蜂散さんが好きなんだよ。彼の力には価値があるから。その力を使って見せて欲しいって思ってる。隠すんじゃねえよって思う時さえある。
でも同時に、彼がわざわざリヴリー側で暮らすことを望んで心の底からシシーに笑いかけてくれたりすることも、転にとっては精神的な支えになってるんじゃないかな。それは力では手に入らない、蜂散と転が2人で時間をかけて努力して、やっと手に入れたことだから。
転さんは蜂散さんのモンスターの部分に憧れているし、同時にそれを制御できる蜂散さんを尊敬している。そしてそうなりたいと思っているし、俺だったらもっと上手くできるとも思っている。close