睡蓮は久々に原付に乗った。作業をするカフェに向かうためだ。行くには、少しだけ勇気が必要だった。
 経路には大きな交差点がいくつかあり、原付で右折するのは厳しい。睡蓮は二段階右折も苦手だ。多少遠回りでも、全て左折で行ったほうがいい。普段使わない、一時停止だらけの細い道を行けば、なんとかー。
 睡蓮の決意は固い。あそこはカプチーノが美味しい。この間家族と来て、安さと美味しさに惚れたのだ。
 意を決して原付に乗る。左折だけで行けるルートは考えた。一つ目の交差点を超える。二つ目も通過。ほっとした直後、パトカーが目に入る。交通違反者だ〜! 無駄にドキドキする。何もルールは破っていないのに。いつものことだ。
 苦労して得たカプチーノは格別だった。それではいよいよ、作業の時間。
 あ、帰りのルートも考えないと。
 どこからか、犬の吠える声がする。ここは動物病院の前だから、きっと診察が終わって文句を言う声だ。声の主はどんな犬さんだろう。あの階段のところから出てくるかな。それとも、駐車場に停まっている車の中?
 日曜日の朝くらい作業をしようと向かうカフェへの道中。姿を探せど、見つからない。歩行者信号が青に変わる。残念、諦めるか、と視線を前に戻す。と、横断歩道に漕ぎ出す自転車のお兄さん。背中のリュックに目が止まる。動いてる。わん、わん! この中だ!
 お兄さんは颯爽と風を切り、あっという間に小さくなっていく。抗議の声はとまらない。道路の向こう側から響く。わん! わんわん! 結局姿は見えなかったけど、表情はなんとなく想像できた。怒ったリュックが去っていくのを、微笑みながら見つめた。
 夏メニューの中にパッションフルーツティーの文字。「これすっぱいですか?」と尋ねてみたら、店員さんは動揺した。
 すぐに彼女は隣の店員に助けを求め、「私まだ飲んだことなくて、」と小声で呟く。隣の店員さんも「わ、わたしも…」とそのまた隣の店員に目で合図。狭いキッチンに混乱が渦巻く。
 「お客さんに味を聞かれたとき答えられなくては困るから」と、私がバイトしていたお店の店長は、新商品を食べさせてくれていた。あれは特別なことだったのかと今更思う。
 私の返事はいつも主観の「美味しいですよ!」だったが、その言葉で購入できた人もいたのかも。
 「頼んでみます」と私が言ったら、3人は申し訳なさそうにしながらもすぐに用意してくれた。冷えてて爽やか。思ったより甘い。ちゃんと美味しかった。