アイスティーに溶けた、

ミルクティーの中にはこの世の全てがある、と鯉壱は険しい顔で呟いた。
アイスティーの入ったグラスの中にミルクが注がれる瞬間が、とかく彼にはラグナロクのような恐ろしい災いに、つまりは世界の終焉に見えるらしい。
白く重たい液体が、茶色く澄んだ色に覆い被さって、静かに液体を濁らせていく。
それを美しいと感じる人もいれば、彼のように、この世の終わりに似ていると感じてワクワクする人もいるのだ。不思議なものだなと俺は思った。

「紅茶の葉っぱで未来を占ったりする人がいるじゃない?」
鯉壱がグラスに沈み行くミルクを見つめながら言う。
「あれはおもしろいよね。僕もこのミルクの沈み方で未来を占おうかな」

俺は笑って、とは言ってもバカにしたわけじゃなく、その発想があまりにも彼らしかったので思わず微笑みに似た笑顔がこぼれて、世界の終焉を見つめる彼を見た。

「手始めに俺を占ってくれるかい?」

自分の分のコーヒーを横にずらして、もう一つグラスをとってきた俺に、鯉壱がにこりと笑って「いいよ」、と快く答える。普段の俺はもっぱらコーヒー派で、ミルクティーなど飲まないのだけれど。
わざわざ鯉壱のために淹れた紅茶の残りを、ポットから別のグラスに移した。氷入りのグラスの中で、からんと涼しげな音が鳴る。

「じゃあDaddy、ミルクを入れて」

俺がグラスを持って席に着くなり、神妙な面持ちで向かい合って鯉壱はゆっくり言った。
その姿に微笑ましく思う気持ちを抑えて、笑うのは我慢する。
真剣な彼につきあう俺だって真剣じゃなければ彼に失礼だし、それにこういうのは思いっきり真面目にやった方が楽しいじゃないか。

俺は鯉壱の顔をうかがいながら、ゆっくりとミルクポットを持った手を傾けた。
小さな小さなミルクポットから、酷く白く、清らかささえ感じられるほどの液体が重力にそって滴り落ちる。
それが美しく澄んだ茶色い水面と巡り会ったその瞬間から、凄惨な終焉が始まる。
ゆったりと、美しく、混ざりあう液体。深く深く落ちていく白。
流動しながら、世界をかき混ぜるそれは、混沌とした一瞬だけの表情を見せ、穏やかながらめまぐるしく変わり、解け合っていく。

狂気のようだなと、俺は思う。
グラスの中の小さな世界に、突如降ってきた白。混沌に落し入れられて、踊るように解け合って。
いびつな世界を見せながら、グラスに残るのはミルクとも紅茶とも違う液体なのだ。
先ほどまで存在しなかったもの。俺が零した。二つを混ぜ合わせた。
そう思ったら、突然グラスの中に満ちたこの液体が、グロテスクなものに見えてきた。

頭の中にフラッシュバックする、液体。
溶けて、混ざりあう、あの強烈な匂い。
悲鳴と嗚咽。
凄惨なる世界の終焉。
誰が、いったい誰があれを引き起こしたのか、あれがいったい何だったのか。
濁ったままはっきりしない。俺にはわからない。永遠に。

じっとグラスを見つめていた鯉壱が、唐突にため息をついたので、
魅せられるように呆然と眺めていた俺もはっと気が付いた。
鯉壱はと言えば頭を振るようにして、それから目を細めてゆっくりと俺を見あげる。
俺は目をぱちりとやって、鯉壱を見つめた。

「何か見えたかい?」

鯉壱は微笑んで俺に言う、

「Daddy、僕には美味しそうなミルクティーにしか見えなかったよ」

正解、当たりだ鯉壱。これはただのミルクティーだ。
グロテスクでも何でもない。君がそう言うなら、そうなんだ。

「占いって難しいねえ」と、のんびりした声で彼は言う。
俺は彼に苦笑いを返して、役目を終えたグラスにストローを入れると、きれいにかき混ぜた。
グラスの中の氷が、からころと悲鳴を上げる。

ああ鯉壱、俺には彼女の死に様が見えたよ。
俺にはすこし、この狂気は重すぎるかな。

アイスティーに溶けた、

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