にいさん、とつぶやいた声を彼が拾わない日などなかった。
必ず彼は私を抱き上げて、抱きしめてくれた。
優しくて、暖かい手で。
シシーが大人になれば、兄さんはシシーのことを嫌いになるとおもった
必ず彼は私を抱き上げて、抱きしめてくれた。
優しくて、暖かい手で。
シシーが大人になれば、兄さんはシシーのことを嫌いになるとおもった
彼がそんな人じゃないことは頭のどこかでわかっていたけど、それでもそれはただの私の希望なんじゃないかと思うと、胸がきゅっと苦しくなって。
にいさん。
シシーは子供だから、これがどういう感情なのかうまく説明できないよ。
強く思うのは、ずっとこのままでいたいと思う気持ち。
離れたくない。離したくない。私を守ってくれる、この大きくて、温かい手を。
私を愛してくれる、彼のそばに、一生いたい。
このまま、ここちよくとろけていたい。
にいさんの腕の中で、しっかり抱きしめられて、愛されてるなあって、感じて。
「にいさん」
小さな小さな囁きは、今日も彼の耳に届いた。
その証拠に彼は微笑んで、私を見つめてそっと言う。
「どうしたの、シシー」
ああ、にいさん。
兄さんの頭のなかを、シシーでいっぱいにしたいの。
兄さんに何度も抱きしめて、好きって言って欲しいの。
それがわがままだとか、そんなことはどうだっていいの。
シシーはシシーを好きでいてくれる兄さんが好きなの。
しゃがみこんだ兄さんの耳にそっと手を添えて、私はつぶやく。
「シシーの言うこと聞いてくれる?」
にいさん
おねがいだから
ずっとそばにいてね
じわじわとその言葉が彼の頭に染みこむように
彼がシシーなしで生きられなくなるように
ぼんやりした顔で、彼はゆっくり微笑んでみせた。
「大丈夫だよシシー、俺がずっとそばにいるよ。あの日ちゃんと約束しただろう、どんなことをしてでもきみを守るって」
どんなことをしてでも。
兄さんはそう繰り返して、私のおでこにキスをした。
それから手の甲にも口付けた。私を強く抱きしめて、頭を撫でながら、耳元で、心配しなくていいと言った。
あの日と同じように、兄さんの顔は見えない。
それでも私は、兄さんと一緒なら、ほんとうに大丈夫だと思った。