おまじないをあなたに

目を開けたらそこにキッシュがいた
「はちるちゃん、おはよ」
「…おはよ…」

ぼんやりした頭の中に、まださっきまで見ていた夢がうっすら残って、
それが何かも思い出せないのに、ただぼんやりともったいないなと思った
目の前のキッシュは、俺の顔を見下ろして、くすりと笑ったかと思うと首にギュッと抱きついてみたりして
俺はぐえ、と短い呻き声をあげて、それでも無理に彼女を引きはがすのもなんだか億劫だった

「ハチルちゃん、起きないの?」

目を開けたままぼんやりしていたら、胸に乗ったままの彼女はそう呟いて、
キッシュが乗ってるから無理かもな、あくびまじりに返した返事は途中から言葉になっていなかった
キッシュがけらけら笑ってがばりと起き上がったかと思うと、勝手に俺のベッドによじ登ってくる
何するんだろうと思って眺めていたら、そのまま俺の横にもぞもぞもぐりこんできた
顔を向ければ、キッシュは楽しそうに言う

「キッシュ今日は早起きだったから、ちょっとなら二度寝してもロムくんに怒られないの」

ふーん、ロムって意外とスパルタなんだな。二度寝して怒られた記憶なんて俺には無い。
そんな事を思っていたら、突然キッシュの小さな手のひらが俺の頬に添えられて、俺は思わず彼女を見つめた
その手は冷たくも温かくもなくて、ただ俺の頬を珍しそうに撫でながら、すっと俺の頬に線を描いた

「クインちゃんにやられたの」

俺は答えずに、黙ってその手を上から包むと笑って見せる
キッシュの目がちょっとだけ、寂しそうに細められた気がした
小さなその手にキスをして、心配ないよ、とつぶやいた俺の頬を、
キッシュはただ黙ったまま、その小さな小さな手のひらでゆっくり撫でた

「かすり傷だ。すぐ治るよ」
「ほんと?」
「ほんとさ」

それなら、キッシュがおまじないしてあげる
言うが早いか、俺の頬には彼女のキスが降ってきて
俺はくすくす笑ったまま、彼女にお礼を言った