深夜、というのもはばかられる、もうそろそろ4時、これは早朝に分類される時間帯だ。
私は山のように積み重なった書類を片っ端から読みあさってはサインするのをくり返していた。
ほとんどの書類は二番隊の始末書だ。どの隊員が何をしたとか、細かいミスから大きな課題まで、吸い取って上に報告。
とはいっても上と呼ぶべき上層部は存在しない。少なくとも書類に眼を通すような上層部は。
私は時計に目をやってから、ペンを置いて右手で眼をこすった。
さすがに疲れた。机に置いておいたコーヒー入りのカップも、書類の山の陰から見つかった頃にはすっかり覚めてしまっていて、それだけでなんだかやるせない気分だ。
溜息とともにカップを手に立ち上がれば、そのとき背後から感じるじとりとした視線。
さっと緊張感を走らせて、眼を細め、闇を伺う。誰かいる。部屋の光の届かない暗闇に佇んでいる。
一瞬の緊張感はすぐさま緩やかにほどけた。むすっと唇を突き出して、不機嫌丸出しの顔で出てきたのは、我が愛すべき後輩のゾッド。
眩しいのか眼を細め、せんぱあい、と酷く気怠そうな声で彼女は私を呼んだ。
「まだ起きてるんですか…お肌に悪いですよお」
「お前こそ何してる…酷い顔だぞ」
寝起きのままベッドから抜け出してきたのだろう、ずるずるのパジャマ姿でゾッドは唸った。
「眠りたくないんです」
ずり落ちたパジャマで片方の肩を出したまま、普段はきちんとセットされているその茶色の髪のあちこちぐちゃぐちゃに寝癖をつけたまま、 ゾッドは言った。
明らかに先刻まで寝てた格好だろう。私は後輩のあまりの不細工な寝起き顔に、自らの顔をしかめて思う。彼女の発言はどうも納得出来ないことが多々ある。
「何を子供じみたことを…眠たそうな顔してるじゃないか」
「寝たくないんです!先輩のいじわる!」
低く唸っていたかと思うと突然きいきいと声を張り上げて、この野郎いったい何時だと思ってるんだ、私は慌てて耳を押さえつつ遠慮なく舌打ちをした。
ゾッドはまだゆっくりと目をぱちぱちしばたかせながら、それでも少し反省した様子で私を見上げる。
「寝たくないんです」
小さくくり返されるその声を聞いていると、彼女の姿が本当に子供のように見えてくる。どうしたものかと考えあぐねていたら、ゾッドが突然ぐずりと鼻をならした。泣いているのだ。
悪い夢でも見たのか、それじゃほんとに子供みたいじゃないかと頭を抑えつつおもう。とりあえず座れ、といつものように命令して、今まで自分が座っていた席を彼女に譲る。情けなく眉をさげたゾッドがおろおろしながら立ち尽くしているのを見て、こういうところで先輩立てなくていいんだよアホが、と思わないわけではなかったが、とにかく彼女の肩を掴んで、落ち着きなく鼻をすすり上げるゾッドを無理矢理座らせた。
「先輩って優しいんですね」
苦笑いのような表情で、ゾッドはほざく。いつもお前が大人しければ怒鳴らないですむんだけどな、と皮肉を飛ばしつつ、すっかり冷えきったコーヒーに口を付ける。ゾッドは笑って、ずるずるのパジャマの袖で涙を拭った。