鯉壱のお祝いもできてなかった。お祝いしてくれたフレンドさんたちありがとうございます🙇♀️ 擬じゃないけど、誘われた合同誌の原稿をやっていました。でもビリだったし締め切りも破った。本当に申し訳ない…。
締め切りを守れ、というのは大人として当たり前のルールだけど、守るためにはやはりそれなりの創意工夫と訓練が必要だ…。スケジュール調整、先延ばし癖との戦い、こだわりやプライドを捨てる決断力…。自分の状態や予期せぬトラブルがあったりするし、守れなくても仕方なくないですか?!って喚きたくなる自分もいる。でもさ、毎日少しずつやってたらできてたよね? はい。その通りだと思います…。
毎日少しずつ、ってやつが苦手だ。(ここの日記、苦手なことばっかりじゃない?)できるようになるべきだと思うし、なりたいと思うし、毎日やるぞ!とも思う。でもできてない。追い込まれて必死にやってるばっかりだ。
この日記も、実は文章力向上と、日々の記録と、「毎日少しずつ」の訓練、という3つの使命を帯びているはずなんだけど…。ご覧の通り…。
継続は難しい。でもできないものをできるようにするには、練習あるのみ。ということは、いまできるレベルを探してやり続けるっていうことだ。ごちゃごちゃ言ってないでとにかくやれっていうこと。諦めるな。
ともかくみなさん、その合同誌の頒布が遅れるのはわたしのせいです。本当に申し訳ございません…。でも可愛く描けた! 喉元過ぎればなんとやら、というやつかもしれないけど、無事に提出できたことはよかった。待ってもらってありがとうございました。本になるの、楽しみ…▲CLOSE
締め切りを守れ、というのは大人として当たり前のルールだけど、守るためにはやはりそれなりの創意工夫と訓練が必要だ…。スケジュール調整、先延ばし癖との戦い、こだわりやプライドを捨てる決断力…。自分の状態や予期せぬトラブルがあったりするし、守れなくても仕方なくないですか?!って喚きたくなる自分もいる。でもさ、毎日少しずつやってたらできてたよね? はい。その通りだと思います…。
毎日少しずつ、ってやつが苦手だ。(ここの日記、苦手なことばっかりじゃない?)できるようになるべきだと思うし、なりたいと思うし、毎日やるぞ!とも思う。でもできてない。追い込まれて必死にやってるばっかりだ。
この日記も、実は文章力向上と、日々の記録と、「毎日少しずつ」の訓練、という3つの使命を帯びているはずなんだけど…。ご覧の通り…。
継続は難しい。でもできないものをできるようにするには、練習あるのみ。ということは、いまできるレベルを探してやり続けるっていうことだ。ごちゃごちゃ言ってないでとにかくやれっていうこと。諦めるな。
ともかくみなさん、その合同誌の頒布が遅れるのはわたしのせいです。本当に申し訳ございません…。でも可愛く描けた! 喉元過ぎればなんとやら、というやつかもしれないけど、無事に提出できたことはよかった。待ってもらってありがとうございました。本になるの、楽しみ…▲CLOSE
春だし、あったかくなってきたからリングフィット再開した。
起動したらちょうどボス戦で、スクワットさせられまくって足がめちゃくちゃになっちゃったよ。
筋肉痛がひどい。はしゃいでやって、オーバーワークになってしまった気がする…。だって一回始めたら途中でやめられないんだもん!フッキンリーもめちゃくちゃ煽ってくるしさあ! でも夜のお散歩は背筋を伸ばして歩くのが少し楽だったような気もする。運動って…大事だなあ…。
RFAは同年代の人たちの運動プロフィールを見ることができる。総プレイ時間とかレベル、何分前に運動してたか…。発売から随分経ったし、みんな遥かに高みにいるのかな…と思いきや、最近始めたての人も結構いた。
そうだよね、がんばりは人それぞれだよね。特に運動は体を使うから、自分のペースでしかできないもんね…。そう思えたらちょっと気持ちが楽になった。積み重ねも大事だけど、まずは一回一回をきちんと筋肉に効かせていきたいね。
下書きに入っていた映画のこととかをしれっと増やしました。(ここは己の記録も兼ねていて、後から増える投稿も多いけど、気にしないでほしい…。)
絵文字ありがとう〜🖐️ みんなも元気でね。▲CLOSE
起動したらちょうどボス戦で、スクワットさせられまくって足がめちゃくちゃになっちゃったよ。
筋肉痛がひどい。はしゃいでやって、オーバーワークになってしまった気がする…。だって一回始めたら途中でやめられないんだもん!フッキンリーもめちゃくちゃ煽ってくるしさあ! でも夜のお散歩は背筋を伸ばして歩くのが少し楽だったような気もする。運動って…大事だなあ…。
RFAは同年代の人たちの運動プロフィールを見ることができる。総プレイ時間とかレベル、何分前に運動してたか…。発売から随分経ったし、みんな遥かに高みにいるのかな…と思いきや、最近始めたての人も結構いた。
そうだよね、がんばりは人それぞれだよね。特に運動は体を使うから、自分のペースでしかできないもんね…。そう思えたらちょっと気持ちが楽になった。積み重ねも大事だけど、まずは一回一回をきちんと筋肉に効かせていきたいね。
下書きに入っていた映画のこととかをしれっと増やしました。(ここは己の記録も兼ねていて、後から増える投稿も多いけど、気にしないでほしい…。)
絵文字ありがとう〜🖐️ みんなも元気でね。▲CLOSE
友達はなぜ私と仲良くしてくれるのかなと我に返るとき、お互い、たまたまそこに居合わせた中で選んだということの、ただその小さなことの積み重ねのような気がする。
いつのまにかいろんな人と近づくのが怖くなって、居合わせるという機会も減らし続けてしまった。でもまた我を忘れて近づいて、しまったと思って引っ込んだりすることの繰り返しなんだろうな。何かしてあげなきゃとか、役に立たなきゃとか、気負うとよくない。たまたまそばにいることでお互いちょっと楽になるくらいが、ちょうどいい距離感なんだろうな。
居合わせることは小さなことだけど、し続けようと思うと案外むずかしい。でも自分が楽しんでいるときや、不安がっているとき、私は一緒の気持ちになっている人を見つけてきたんじゃなかったかな。一緒にやろうと声をかけたり、かけてもらったりしてきたから、いっしょに過ごした時間がある。短くても長くても、たとえ一回きりでも、はじまりの瞬間は小さく、でも確かにあった。それはすごく素敵なことだな。
いつのまにかいろんな人と近づくのが怖くなって、居合わせるという機会も減らし続けてしまった。でもまた我を忘れて近づいて、しまったと思って引っ込んだりすることの繰り返しなんだろうな。何かしてあげなきゃとか、役に立たなきゃとか、気負うとよくない。たまたまそばにいることでお互いちょっと楽になるくらいが、ちょうどいい距離感なんだろうな。
居合わせることは小さなことだけど、し続けようと思うと案外むずかしい。でも自分が楽しんでいるときや、不安がっているとき、私は一緒の気持ちになっている人を見つけてきたんじゃなかったかな。一緒にやろうと声をかけたり、かけてもらったりしてきたから、いっしょに過ごした時間がある。短くても長くても、たとえ一回きりでも、はじまりの瞬間は小さく、でも確かにあった。それはすごく素敵なことだな。
タヌキを見た。犬との夜のお散歩の最中に、見知った住宅街の、十字路で。
左側の道からふら〜っと現れたその影を、最初は犬だと思った。手にしているリードを短く持って、テディが飛びかからないようにしながら様子を見る。犬種はなんだろう。よく見えないけど、背が低くて丸い。落ち着いた足取りだから、子犬ではなさそう。でも変なのは、あんまり地面を気にしていないこと。そして後からリードを持った飼い主が現れないことだ。
犬じゃない。そう思った時、その生き物はちょうど十字路の真ん中に辿り着き、電信柱のてっぺんについた明かりの真下を通りかかる。ふさふさの姿が現れる。
少し前にタヌキとアライグマとハクビシン(後半2種類は最近街に出没する方々)の違いをウィキペディアで勉強したばかりで、どこを見たら相手が何者なのか判別できるか私にはわかっていた。尻尾だ。黒くて太い。「タヌキだ」と思わず呟いたとき、相手もこちらを見た。
一人と一匹の目が合う。コンクリートの道路の上、十字路のど真ん中に佇み、明るいLEDに照らされているタヌキ。こんなところで何をしているんだという驚きはあったけど、怖い感じは一切ない。タヌキは、警戒して構えることも、取り乱して逃げることも思いつかないような感じ。困ったように頭を下げて、こっちを見つめて、「ああこんばんは。迷子になってしまいました、はい」とでも言い出しそうな感じだ。おおこれこそタヌキ。SNSで見かける、タヌキのタヌキらしさの部分だ。
コンクリートで覆われ、狭小住宅がひしめいてはいるけど、この辺はもともと急な坂だらけの山だ。まだところどころ林もある。今まで一度もお目にかかったことがなかったけど、私たちはずっとご近所さんだったのかもしれない。
「お家に帰れるのかな」と独り言のように話しかけたとき、タヌキは一時停止の白線を跨いで歩き出した。我に返って足元のテディを見る。テディはまだタヌキに気づいていないらしく、紫陽花の植え込みのあたりを気にしていた。強風でどこからか飛んできたビニール袋がひっかかっていて、それが気に食わないみたいだった。袋を取り払って、十字路に視線を戻す。しかし、そこにもうタヌキはいなかった。
そのあとの散歩中は、タヌキのことばかり考えていた。このへんにもタヌキって住んでるんだ。何食べてるのかな。無事に帰れただろうか。普段は車通りも多いし、夕方には散歩中の犬もたくさんいる。近所の野良猫にもやられそうな感じでちょっと心配だ。タヌキは夜行性らしい。テディや私も、車や犬や猫に極力遭わない、眩しくない静かな夜中の散歩が好きだ。似た気配を感じる。また会えないかな。無事に家に帰れてたらいいなと思う。▲CLOSE
左側の道からふら〜っと現れたその影を、最初は犬だと思った。手にしているリードを短く持って、テディが飛びかからないようにしながら様子を見る。犬種はなんだろう。よく見えないけど、背が低くて丸い。落ち着いた足取りだから、子犬ではなさそう。でも変なのは、あんまり地面を気にしていないこと。そして後からリードを持った飼い主が現れないことだ。
犬じゃない。そう思った時、その生き物はちょうど十字路の真ん中に辿り着き、電信柱のてっぺんについた明かりの真下を通りかかる。ふさふさの姿が現れる。
少し前にタヌキとアライグマとハクビシン(後半2種類は最近街に出没する方々)の違いをウィキペディアで勉強したばかりで、どこを見たら相手が何者なのか判別できるか私にはわかっていた。尻尾だ。黒くて太い。「タヌキだ」と思わず呟いたとき、相手もこちらを見た。
一人と一匹の目が合う。コンクリートの道路の上、十字路のど真ん中に佇み、明るいLEDに照らされているタヌキ。こんなところで何をしているんだという驚きはあったけど、怖い感じは一切ない。タヌキは、警戒して構えることも、取り乱して逃げることも思いつかないような感じ。困ったように頭を下げて、こっちを見つめて、「ああこんばんは。迷子になってしまいました、はい」とでも言い出しそうな感じだ。おおこれこそタヌキ。SNSで見かける、タヌキのタヌキらしさの部分だ。
コンクリートで覆われ、狭小住宅がひしめいてはいるけど、この辺はもともと急な坂だらけの山だ。まだところどころ林もある。今まで一度もお目にかかったことがなかったけど、私たちはずっとご近所さんだったのかもしれない。
「お家に帰れるのかな」と独り言のように話しかけたとき、タヌキは一時停止の白線を跨いで歩き出した。我に返って足元のテディを見る。テディはまだタヌキに気づいていないらしく、紫陽花の植え込みのあたりを気にしていた。強風でどこからか飛んできたビニール袋がひっかかっていて、それが気に食わないみたいだった。袋を取り払って、十字路に視線を戻す。しかし、そこにもうタヌキはいなかった。
そのあとの散歩中は、タヌキのことばかり考えていた。このへんにもタヌキって住んでるんだ。何食べてるのかな。無事に帰れただろうか。普段は車通りも多いし、夕方には散歩中の犬もたくさんいる。近所の野良猫にもやられそうな感じでちょっと心配だ。タヌキは夜行性らしい。テディや私も、車や犬や猫に極力遭わない、眩しくない静かな夜中の散歩が好きだ。似た気配を感じる。また会えないかな。無事に家に帰れてたらいいなと思う。▲CLOSE
冬季五輪おもしろい!!
迫力がすごいね〜! どの競技にもスピードとスリルがあって、展開も早いからあっというまに引き込まれる…見てるだけでアドレナリンでるよ…。夏の五輪に比べてそれほど興味を持って見てこなかったけど、こんなに面白いんだ。力学が働いているのが素人目にもわかるから、見ていて「しんどいだろうなあ…!!」って感情移入してしまった。高さやスピードを制する技術、相手選手との駆け引き、精神力…。ハイになるよ…。
雪上を滑る競技は、一試合が一瞬で終わってしまうものも少なくない。瞬きする間に逆転したり、一瞬のミスが結果に大きく響いたりするから、目が離せなかった。変化する雪面の状態さえ影響するというのがわかってからは、運も実力のうちなんだという現実が残酷に思えてきた。競技前の緊張、ミスでの動揺、結果が残せたことへの喜びや、本来の力を発揮できなかったことへの後悔の表情…全部映ってる。メダルを取ることの難しさや意味のことを思う。本当にすごい戦いだ…。僅差で、勝ち抜くことができた人が世界一になるんだね…。
メダルがいくつとか、誰が金メダルになったとか、結果だけ文字で見るのではわからないことがたくさんあった。雪山を滑る選手の姿、勇気と覚悟と技術。自国の人だけじゃなくて、みんな応援したくなったよ。
冬季五輪、アツいなあ…。▲CLOSE
迫力がすごいね〜! どの競技にもスピードとスリルがあって、展開も早いからあっというまに引き込まれる…見てるだけでアドレナリンでるよ…。夏の五輪に比べてそれほど興味を持って見てこなかったけど、こんなに面白いんだ。力学が働いているのが素人目にもわかるから、見ていて「しんどいだろうなあ…!!」って感情移入してしまった。高さやスピードを制する技術、相手選手との駆け引き、精神力…。ハイになるよ…。
雪上を滑る競技は、一試合が一瞬で終わってしまうものも少なくない。瞬きする間に逆転したり、一瞬のミスが結果に大きく響いたりするから、目が離せなかった。変化する雪面の状態さえ影響するというのがわかってからは、運も実力のうちなんだという現実が残酷に思えてきた。競技前の緊張、ミスでの動揺、結果が残せたことへの喜びや、本来の力を発揮できなかったことへの後悔の表情…全部映ってる。メダルを取ることの難しさや意味のことを思う。本当にすごい戦いだ…。僅差で、勝ち抜くことができた人が世界一になるんだね…。
メダルがいくつとか、誰が金メダルになったとか、結果だけ文字で見るのではわからないことがたくさんあった。雪山を滑る選手の姿、勇気と覚悟と技術。自国の人だけじゃなくて、みんな応援したくなったよ。
冬季五輪、アツいなあ…。▲CLOSE
日記サボってた。1月前半に色々思うところがあって、最近は意識的に読書をやっている。
改めて、「小説ってどうやって書かれてるんだっけ?」って思ったから読み始めたんだけど、お勉強として読むとちょっとうんざりしてしまって、やなきもちになったから、途中から難しいことは考えないようにした。自分のペースで読書することの贅沢さを味わう。これを目標にする。楽しいよ〜。気づけば1月だけで5冊読んでる。自分にしてはかなりハイペースだ。
三人称でおすすめの小説をCGPTに聞いて、今は『モモ』読んでる。ジジが仕事に忙殺されながらモモに一緒に来てっていうところつらすぎて泣きそうになった。大人こそ身につまされる話だ。このあと『西の魔女が死んだ』を読む。まだパラパラっと見ただけだけど、こっちはだいぶ文体が脚本寄りかも。感想もあとでひっそりあげたいな。
少し改装ついでに、左下にリアクションボタンが増えました。waveboxに繋がっています。設置するか、ちょっと迷った。せっかくXから離れたのに、絵文字が来たり来なかったりするのをいちいち気にしちゃいそうで嫌だなあとおもうきもちと、でもこのインターネットの片隅に流れ着いた人がいたら、ただ握手したいなあというきもちもあった。後者が勝ったので設置しました。(実際には、Xからいなくなった自分をわざわざ見に来てくれてるひともいると思う。本当にありがとう!マイフレンズたちよ…/love)
もしメッセージを送ってもらえることがあったら、お返事もできるだけしていきたいなと思っています。いままでは出した本の感想窓口にしていたので返信を書くのがかなり気恥ずかしかったのですが、そういう引っ込み思案な態度を2026年はちょっとずつ改善していきたいきもちもある。本当にちょっとずつになるとおもうけど…。
いただいたメッセージは定期的に読み返してじーんとしています! このじーんには読み返すたびに触れることができる…。本当にありがとう。絵文字だけ送ってくれた方々もありがとうございます。これからもちょっとずつ、双方にとっていい感じの温度感で、握手していけたら嬉しいな。▲CLOSE
改めて、「小説ってどうやって書かれてるんだっけ?」って思ったから読み始めたんだけど、お勉強として読むとちょっとうんざりしてしまって、やなきもちになったから、途中から難しいことは考えないようにした。自分のペースで読書することの贅沢さを味わう。これを目標にする。楽しいよ〜。気づけば1月だけで5冊読んでる。自分にしてはかなりハイペースだ。
三人称でおすすめの小説をCGPTに聞いて、今は『モモ』読んでる。ジジが仕事に忙殺されながらモモに一緒に来てっていうところつらすぎて泣きそうになった。大人こそ身につまされる話だ。このあと『西の魔女が死んだ』を読む。まだパラパラっと見ただけだけど、こっちはだいぶ文体が脚本寄りかも。感想もあとでひっそりあげたいな。
少し改装ついでに、左下にリアクションボタンが増えました。waveboxに繋がっています。設置するか、ちょっと迷った。せっかくXから離れたのに、絵文字が来たり来なかったりするのをいちいち気にしちゃいそうで嫌だなあとおもうきもちと、でもこのインターネットの片隅に流れ着いた人がいたら、ただ握手したいなあというきもちもあった。後者が勝ったので設置しました。(実際には、Xからいなくなった自分をわざわざ見に来てくれてるひともいると思う。本当にありがとう!マイフレンズたちよ…/love)
もしメッセージを送ってもらえることがあったら、お返事もできるだけしていきたいなと思っています。いままでは出した本の感想窓口にしていたので返信を書くのがかなり気恥ずかしかったのですが、そういう引っ込み思案な態度を2026年はちょっとずつ改善していきたいきもちもある。本当にちょっとずつになるとおもうけど…。
いただいたメッセージは定期的に読み返してじーんとしています! このじーんには読み返すたびに触れることができる…。本当にありがとう。絵文字だけ送ってくれた方々もありがとうございます。これからもちょっとずつ、双方にとっていい感じの温度感で、握手していけたら嬉しいな。▲CLOSE
自分にとってすごく大事だから丁寧に扱おうとすればするほど、丁寧に時間を吸ったそれがどんどん重たくなって、自由さを失って、自分の心にさえ受け入れられにくくなる、みたいなことがあるなあ。良くも悪くも、時間をかけ続けたことが伝わってしまう。そういうことが確かにあるなと、最近じわじわ実感が湧いてる。
重くしすぎてしまったものを軽くしたいとき、どうしたらいいのかな。時間を取り除いてなかったことにするしかないのかな。そんなことできるのかな。
軽くしたいと思うなら、対象が変化してしまうかもしれないことや、今までやってきたことがなくなることを理解して、かけた時間を捨てて無意味にする恐怖を乗り越えて、それでも自分の中の大切さがなくなるわけじゃないってことを自分自身が理解するのが大事なんだろうな。
本当はどこでも行けるよと背中を押すことが、自分の心に対しても必要なんじゃないかなって、思う時がある。
自分は重さをコントロールできる。いつでもそれを愛でたおせるし、手放すこともできる。そういう余裕があるかないかが、自分の心に必要だなって思う時があるなあ。▲CLOSE
重くしすぎてしまったものを軽くしたいとき、どうしたらいいのかな。時間を取り除いてなかったことにするしかないのかな。そんなことできるのかな。
軽くしたいと思うなら、対象が変化してしまうかもしれないことや、今までやってきたことがなくなることを理解して、かけた時間を捨てて無意味にする恐怖を乗り越えて、それでも自分の中の大切さがなくなるわけじゃないってことを自分自身が理解するのが大事なんだろうな。
本当はどこでも行けるよと背中を押すことが、自分の心に対しても必要なんじゃないかなって、思う時がある。
自分は重さをコントロールできる。いつでもそれを愛でたおせるし、手放すこともできる。そういう余裕があるかないかが、自分の心に必要だなって思う時があるなあ。▲CLOSE
あけましておめでとうございます。
今年もマイペースに頑張ります。ここを読んでくれるひとがどれくらいいるのかわからないけど、読んでくれてありがとう。
もともと文章が上手くなりたくて始めたけど、上達してる感覚はいまのところない…。でもSNSとはちがう姿を記録しておけたらいいなと思っていて、それはできていると思う。TLを遮断して書く長文に宿る良さもある。
本をちまちま書いていて、最近思うことが増えた。それは、自分の中にある感情を自分で見つけられたことの嬉しさ。自分の気持ちを理解できたことの喜び。そしてそれが「わかって」から世界を見たときの、ありふれてることなんだって感覚…。みんな感じてることなんだ、それでも普通に生活してて、それを私は今までわかってなかったんだ、って思うときの恥ずかしさ。人間の強さ、自分の弱さ、私はいつも誰かと自分を比較してるっていう、悲しみを伴う実感。そしてそれを認識しても、揺らがないように受け止めようとしてる感覚。
私にとって物語をつくることは、自分を理解することと直結している。傷ついて隠れている自分を物語の中から見つけ出して、認めて、ちっちゃい絆創膏を貼る。治るよ、大丈夫、って言い続ける。ほぼ自分へのセラピーだ。
私はずっと脚本を書くのが怖い。明るくて楽しそうに原稿を持ってくる人たちが心底羨ましい。でもそう認められるようになったのは、物語をつくることを選択しつづけているからだと思う。一生楽しくはならない気がする。でも、苦しくて怖いところも含めて、物語つくるのが好きだ。
今年がどういう年になるかわからない。でも、去年より、ほんの少しだけ、前向きに物語に向き合える気がする。毎年そうやってちょっとずつできていったらそれでいい。どうせゆっくりしかできない。これには諦めと希望の両方の側面がある。
楽しく、早く、明るく、面白く、ライトに、みんなで、そういう風に書ける人間がよかった。でも今の自分は、誰かのために書ける状態じゃなさそうだ。まずは自分の弱さを癒すために書く。そしてそれは自分に絶対必要で、誰かに委託できることじゃない。誰にもできないから、自分でやる。孤独で、複雑で、豊かで、おもしろい、この治療を、自分は自分でできるだけの器用さがたまたまある。
全ての人は、ある程度は、自分で自分を癒す術を知っている。私はこれをする。そういうことなんだろうなと、最近、いまさらながら思う。▲CLOSE
今年もマイペースに頑張ります。ここを読んでくれるひとがどれくらいいるのかわからないけど、読んでくれてありがとう。
もともと文章が上手くなりたくて始めたけど、上達してる感覚はいまのところない…。でもSNSとはちがう姿を記録しておけたらいいなと思っていて、それはできていると思う。TLを遮断して書く長文に宿る良さもある。
本をちまちま書いていて、最近思うことが増えた。それは、自分の中にある感情を自分で見つけられたことの嬉しさ。自分の気持ちを理解できたことの喜び。そしてそれが「わかって」から世界を見たときの、ありふれてることなんだって感覚…。みんな感じてることなんだ、それでも普通に生活してて、それを私は今までわかってなかったんだ、って思うときの恥ずかしさ。人間の強さ、自分の弱さ、私はいつも誰かと自分を比較してるっていう、悲しみを伴う実感。そしてそれを認識しても、揺らがないように受け止めようとしてる感覚。
私にとって物語をつくることは、自分を理解することと直結している。傷ついて隠れている自分を物語の中から見つけ出して、認めて、ちっちゃい絆創膏を貼る。治るよ、大丈夫、って言い続ける。ほぼ自分へのセラピーだ。
私はずっと脚本を書くのが怖い。明るくて楽しそうに原稿を持ってくる人たちが心底羨ましい。でもそう認められるようになったのは、物語をつくることを選択しつづけているからだと思う。一生楽しくはならない気がする。でも、苦しくて怖いところも含めて、物語つくるのが好きだ。
今年がどういう年になるかわからない。でも、去年より、ほんの少しだけ、前向きに物語に向き合える気がする。毎年そうやってちょっとずつできていったらそれでいい。どうせゆっくりしかできない。これには諦めと希望の両方の側面がある。
楽しく、早く、明るく、面白く、ライトに、みんなで、そういう風に書ける人間がよかった。でも今の自分は、誰かのために書ける状態じゃなさそうだ。まずは自分の弱さを癒すために書く。そしてそれは自分に絶対必要で、誰かに委託できることじゃない。誰にもできないから、自分でやる。孤独で、複雑で、豊かで、おもしろい、この治療を、自分は自分でできるだけの器用さがたまたまある。
全ての人は、ある程度は、自分で自分を癒す術を知っている。私はこれをする。そういうことなんだろうなと、最近、いまさらながら思う。▲CLOSE
年末、久しぶりの友人と会った。少し前に呟いた通り、挨拶する時ハグしてみようと決めて。少し早く待ち合わせ場所に着いて、まだ彼女はいなくて、着いたよ、と連絡しようとしたら声がかかって、顔を上げたら彼女が笑ってた。なんだか何にも変わってなくて、それがすごく嬉しくて、緊張してたことも忘れていっぱいハグした。
人と会うのは緊張する。人と会うのは怖い。会って楽しいか、自分らしく自然体でいられるか、つまんないか、苦痛か、わからない。1つ1つの行動が相手にどうおもわれるか、私と一緒にいて楽しかったという1日にできるか、ぜんぜん自信がない。だから会いたくない。失敗したくない。
でも、そういうのを振り切って会ってみたら、だいたいいつも、私の心は「会いたい」と思ってたことがあとでわかる。会ったら嬉しくなれると思って、今の私に必要だと思って、会いにいったんだなって。私の心の声はすごく小さい。今年の目標は、後半から明確に、「心に正直に」だった。声を聞く練習はできたと思う。来年ももっと大事にしよう。
今年はひきこもって一人で集中する時間も長かったけど、
その分会う人を厳選して、人と出会い直した年にもなった気がする。
誘ってくれた人、誘われてくれた人、みんなありがとう。
みなさん良いお年を!▲CLOSE
人と会うのは緊張する。人と会うのは怖い。会って楽しいか、自分らしく自然体でいられるか、つまんないか、苦痛か、わからない。1つ1つの行動が相手にどうおもわれるか、私と一緒にいて楽しかったという1日にできるか、ぜんぜん自信がない。だから会いたくない。失敗したくない。
でも、そういうのを振り切って会ってみたら、だいたいいつも、私の心は「会いたい」と思ってたことがあとでわかる。会ったら嬉しくなれると思って、今の私に必要だと思って、会いにいったんだなって。私の心の声はすごく小さい。今年の目標は、後半から明確に、「心に正直に」だった。声を聞く練習はできたと思う。来年ももっと大事にしよう。
今年はひきこもって一人で集中する時間も長かったけど、
その分会う人を厳選して、人と出会い直した年にもなった気がする。
誘ってくれた人、誘われてくれた人、みんなありがとう。
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テディは16年目の犬生に突入した。まごうことなきおじいわんだ。日中は眠ってることが多いし、目もあんまり見えてないのかちょこちょこぶつかってくるし、毛も赤ちゃんの頃に比べたらずっと薄くなった。でも、大きな病気もしてないし、毎日散歩に行くし、抱っこしようとすると走って逃げるくらい元気。だから普段は年齢のことは忘れている。ただ、ふとしたときに思う。ねむってるとき、ちゃんと息してるかどうか、お腹を見つめてしまうときがある。
少し前に、散歩の途中で買い物に行った家族を、スーパーの入り口でテディと二人で待っているとき、通りすがりのおばあちゃんがテディに声をかけてくれた。なんさいなの?と優しく聞いてくれたので、16歳になりました、と答えたら、あら長生きねえ!と目を大きくして教えてくれた。「うちも飼ってたの。フレンチブル。かわいかった。でも、9歳のとき、スッといっちゃった。」
スッと、という部分がふわ〜っとゆっくり頭の中に降りてきた。たまにお散歩中に声をかけてくれる犬連れではない犬好きの人たちは、たいてい、別れを経験している先輩だ。何度も聞くこのセリフに、なんて返したらいいのかいまだにわからない。胸がじんわり苦しくなる。ずっと一緒にいられるわけじゃないってわかってるけど、それが来ないといいなあっておもう。おもうしかない。おばあちゃんと別れた後は、そればっかり思い続けながらぼうっとしていた。テディは終始無言のまま、じっと店舗の出入り口を監視し続けていた。いつもどおりで、それがかわいくて、ちょっと触ったら振り払われた。それもいつもどおり。かわいい。
サイズに余裕を見て選んだはずのベッドは、テディが寝っ転がるとみちみちで、ある意味ジャストフィットだった。ここまでクッションがみちみちだと通気性の面が心配だけど、背中とお尻をしっかり支えてくれるから寝心地は今のところいいみたい。眠かったのか、クッションの間に思ったよりおとなしく収まってくれた。
ゆっくり上下するテディのお腹を、眺めながら思う。ずっと一緒にいられたらいいのに。人間と犬は、呼吸するスピードさえも違う。だからいつも見てる。見ていれば、テディのかわいさも、テディの気持ちも、テディの変化もわかる。一緒にいられる間は、ずっと見てるつもりだ。そして長生きしてくれ〜って願い続ける。でもたぶん、これはテディには伝わってないと思う。それでも大丈夫。犬はいるだけで良いんだから。▲CLOSE