卒業生たちを見かけた。みんな胸にピンクの花のコサージュをつけて、家族と一緒に日差しの中を並んで歩いていた。

自分のことを振り返ってみると、卒業式って寂しさもあったけど、結構嬉しかった気がする。ベルトコンベアーのように時間経過で送り出されていくような寂しさと、それでも進み続けるというゲームをクリアしたことでそれなりに頑張りが認められ、次のステージへ行ける喜びのようなものがあった。

ちがったのは高校の卒業式のとき。私は高校を卒業できなかった。ベルトコンベアーに乗り続けられなくなったからだ。スピードが早くて目が回って、自分が何をしてるのかわからなくなって、このままでいるのがどうしようもなく不安になって、結局降りてしまった。降りるのは簡単だった。でも今度は、「自分だけが乗ってない」という不安でいっぱいになった。もう一度乗ってみようとしたんだけど、やっぱり乗れなかった。だから、しかたなく、卒業式だけは出た。運ばれたものとしてではなく、運ばれる先だった場所を見に行った。見に行かなくちゃいけない、と思った。

歩いている間、ものすごい怖かったし、吐きそうになるくらい緊張した。体育館の玄関にたどり着いた時、すでに式は始まっていて、司会の声がマイクを通して響いているのがくっきり聞こえた。それぐらい静かだった。玄関には誰もいなくて、ひとりで、なるべく目立たないように静かに、恐る恐る靴を抜いだ。靴をしまおうとしたら、どの下駄箱にも保護者の靴がいっぱい入っていた。自分の靴をどの下駄箱に入れたらいいかわからないことに気づいて、急に泣きそうになった。自分がいていい場所じゃない気がしてきて、もうそれだけで逃げ帰りたくなった。
結局、なんにもわかんなくなって、すこしうろうろしたあと、靴はそのまま端っこに置きっぱなしにした。ドアを開けようとしたら先生に見つかった。その先生のことを私は知らなかったけど、先生の方は私を知っていたのだと思う。私は制服を着ていたし、学校を退学したわけでもなかった。なんなら、書類上は下級生ということになっていた。なんとか必死に、コンベアーにすがりつこうとしていたのだ。だから、入れてもらえた。私は早く人混みの中に混ざりたくて、保護者席の、一番端っこの席に座った。

卒業式のことはほとんど覚えてない。ただ、友達だった子が卒業生代表としてスピーチをした。彼女は終点まで行ったのだ。それをみて、私は泣いた。自分はどうして乗り続けられなかったのか、わからなかった。なんでこんなにちがうのか、わからなかった。そして降りた時から、ずっとそれを考え続けてたってことに気づいた。理由がわかれば、納得できるのに。家族にも、自分にも、説明できるのに。後悔というよりも、自分に対する絶望や悲しみが強かった。思いつくことはたくさんあった。でもそれのどれも、正解ではない気がした。理由が分からなかった私は、自分が、卒業すらできないダメなやつだ、と思うしかなかった。
でも来た、ともう一人の自分が言った。でもここに来た。ここにいる。卒業式には出た。自分のじゃないけど、自分のになるはずだった卒業式に、出た。そう思いながら保護者席で、隠れて泣いた。保護者はみんな泣いてたからバレなかったと思う。卒業式はおわった。涙が溢れてくるのをずっと堪えながら歩いて、家に帰った。

今思えば、私はあの会場に、理由を探しに行ったわけではないと思う。卒業式に出れば、諦められると思ったのだと思う。そして実際に受け入れた。私は人とは違うんだっていうことを、あの日やっと、受け入れたんだと思う。

「卒業式へ行った」という頑張りが自分自身に認められ、次のステージへ行けた。その喜びの種が、あの日の私の胸の中にも、ほんの少しだけあったのだ。

卒業生を見ると、あの日のことを思い出す。自分が辿り着けなかった場所を見ている自分がいる。私は卒業したかった。それが正しくて、当たり前で、できないのはおかしいと思っていたからだ。でもできなかった。だからいまは、当たり前にみんながクリアできるステージだとは思わない。それをクリアした人は、すごく特別だ。そして同時に、それができなかった人がダメなわけでは、決してない。

卒業生たち、おめでとう。あなたがここまで来る間に学んだことは、勉強だけじゃないはず。さまさまなことが、心に影響を与え、あなたの性格がそれを選び、人格になる。学校は、学びの場所だ。守られ、導かれ、教えられる。時にはいく末がわからなくて運ばれてくような気持ちになるかもしれない。でも、さまざまな、激しいストレスのもとにさらされて、あなたたちは人間になるのだと思う。だから立派だ。そこまで辿り着いた。ここまであなたの意思できたことがすごい。

そして、私もちゃんと進んできたってこと、思い出させてくれて教えてくれてありがとう。これからもいっしょにがんばろう。まだまだ人生は長い。▲CLOSE