日記
この時期は、勇気がたくさん必要だなと感じる。新生活、新しい出会い、社会のシステムがそもそもそうなんだろうけど、一つ前の冬に考え抜いたことを実行するタイミングでもあるからね。なにかを辞める勇気だったり、始める勇気だったり。冬にはできないことが、春だと不思議とこなせる。むしろ負担も少なく感じて(あるいはめっちゃでかいけど仕方なく)、いっちょやるか、みたいなのが多い。

春っていうのは、他の季節と比べると、人や物との関係を結び直したり解いたりすることに使うエネルギーが少なくて済むんだと思う。勇気を出すための補助エンジンみたいな役割を果たしている気がする。冬に悩んだことを、春にゆっくり実行に移すって感じだ。みんなそうなのかな。

でも春という動力は、残念ながら長続きしない。夏はまだやりたいことに目を向けてられる。でもどんどん体力が削られてほとんどしがみつくみたいな気持ちでやる。秋になってくると疲れ切ってもう熱意もギリ。冬は全然何にもできない。寝て回復する。でも頭は焦ってたくさん悩んで決めきれないままでいる。だから、結局答えが出なくて、春にかけてゆっくり決めることになる。そして春になったらちょっとの勇気で実行する。それが最近のライフサイクルだ。一年スパン。うーん。

自分の理想ってわけじゃない。振り返ったらそのような気がする、という感じだ。私は春に決めたことを、ゆっくり一年かけて試して、そうしながらまた次の春に決断をする勇気を貯金しているんじゃないかな。春になったらどこかから急にボンって出てくるんじゃなくて、あくまでマイペースに、子供の積み木のように積み立ててきた行動や日常に、勇気を、元となる経験や根拠を、少しずつ貯めているんじゃないかな。最近特に、そういうふうに感じる。

子供の頃は、勇気のイメージって、グッと踏み込んでアクセルを回すパワーのイメージだった。だから勇気が出せない時、勇気がない私は意気地なしだ、と思っていた。でもたぶん、勇気ってそういうものじゃないんだね。判断のもととなる根拠を信じられれば、勇気っていらないんだよ。怖くてもそうするべきだと信じられる気持ちの補強をすること、それが勇気を作る方法なのかも。

積み上げと着地、繰り返す経験のイメージだとおもうと、勇気出すのもそんなに怖くない。▲CLOSE