Day あけましておめでとうございます。 今年もマイペースに頑張ります。ここを読んでくれるひとがどれくらいいるのかわからないけど、読んでくれてありがとう。 もともと文章が上手くなりたくて始めたけど、上達してる感覚はいまのところない…。でもSNSとはちがう姿を記録しておけたらいいなと思っていて、それはできていると思う。TLを遮断して書く長文に宿る良さもある。 ▼MORE本をちまちま書いていて、最近思うことが増えた。それは、自分の中にある感情を自分で見つけられたことの嬉しさ。自分の気持ちを理解できたことの喜び。そしてそれが「わかって」から世界を見たときの、ありふれてることなんだって感覚…。みんな感じてることなんだ、それでも普通に生活してて、それを私は今までわかってなかったんだ、って思うときの恥ずかしさ。人間の強さ、自分の弱さ、私はいつも誰かと自分を比較してるっていう、悲しみを伴う実感。そしてそれを認識しても、揺らがないように受け止めようとしてる感覚。 私にとって物語をつくることは、自分を理解することと直結している。傷ついて隠れている自分を物語の中から見つけ出して、認めて、ちっちゃい絆創膏を貼る。治るよ、大丈夫、って言い続ける。ほぼ自分へのセラピーだ。 私はずっと脚本を書くのが怖い。明るくて楽しそうに原稿を持ってくる人たちが心底羨ましい。でもそう認められるようになったのは、物語をつくることを選択しつづけているからだと思う。一生楽しくはならない気がする。でも、苦しくて怖いところも含めて、物語つくるのが好きだ。 今年がどういう年になるかわからない。でも、去年より、ほんの少しだけ、前向きに物語に向き合える気がする。毎年そうやってちょっとずつできていったらそれでいい。どうせゆっくりしかできない。これには諦めと希望の両方の側面がある。 楽しく、早く、明るく、面白く、ライトに、みんなで、そういう風に書ける人間がよかった。でも今の自分は、誰かのために書ける状態じゃなさそうだ。まずは自分の弱さを癒すために書く。そしてそれは自分に絶対必要で、誰かに委託できることじゃない。誰にもできないから、自分でやる。孤独で、複雑で、豊かで、おもしろい、この治療を、自分は自分でできるだけの器用さがたまたまある。 全ての人は、ある程度は、自分で自分を癒す術を知っている。私はこれをする。そういうことなんだろうなと、最近、いまさらながら思う。▲CLOSE
今年もマイペースに頑張ります。ここを読んでくれるひとがどれくらいいるのかわからないけど、読んでくれてありがとう。
もともと文章が上手くなりたくて始めたけど、上達してる感覚はいまのところない…。でもSNSとはちがう姿を記録しておけたらいいなと思っていて、それはできていると思う。TLを遮断して書く長文に宿る良さもある。
本をちまちま書いていて、最近思うことが増えた。それは、自分の中にある感情を自分で見つけられたことの嬉しさ。自分の気持ちを理解できたことの喜び。そしてそれが「わかって」から世界を見たときの、ありふれてることなんだって感覚…。みんな感じてることなんだ、それでも普通に生活してて、それを私は今までわかってなかったんだ、って思うときの恥ずかしさ。人間の強さ、自分の弱さ、私はいつも誰かと自分を比較してるっていう、悲しみを伴う実感。そしてそれを認識しても、揺らがないように受け止めようとしてる感覚。
私にとって物語をつくることは、自分を理解することと直結している。傷ついて隠れている自分を物語の中から見つけ出して、認めて、ちっちゃい絆創膏を貼る。治るよ、大丈夫、って言い続ける。ほぼ自分へのセラピーだ。
私はずっと脚本を書くのが怖い。明るくて楽しそうに原稿を持ってくる人たちが心底羨ましい。でもそう認められるようになったのは、物語をつくることを選択しつづけているからだと思う。一生楽しくはならない気がする。でも、苦しくて怖いところも含めて、物語つくるのが好きだ。
今年がどういう年になるかわからない。でも、去年より、ほんの少しだけ、前向きに物語に向き合える気がする。毎年そうやってちょっとずつできていったらそれでいい。どうせゆっくりしかできない。これには諦めと希望の両方の側面がある。
楽しく、早く、明るく、面白く、ライトに、みんなで、そういう風に書ける人間がよかった。でも今の自分は、誰かのために書ける状態じゃなさそうだ。まずは自分の弱さを癒すために書く。そしてそれは自分に絶対必要で、誰かに委託できることじゃない。誰にもできないから、自分でやる。孤独で、複雑で、豊かで、おもしろい、この治療を、自分は自分でできるだけの器用さがたまたまある。
全ての人は、ある程度は、自分で自分を癒す術を知っている。私はこれをする。そういうことなんだろうなと、最近、いまさらながら思う。▲CLOSE