#「水槽の底歳時記」進捗 小説の三人称ってなんなんだ?という混乱とともに本から本へ歩き回ったときのメモ more ■2月 「モモ」 三人称一視点。語り手がいて、優しいけど一定の距離がある。3人だけの閉じた感じにしたいから、この書き方は私の本には合わなそう。 「西の魔女が死んだ」 三人称一視点。神の視点だけど語り手はいなくて、映像的な描写も多く手元のプロットに書き方が近い。美しく淡々としていて情景が浮かぶ。でも三人称だけどずっとまいの話で、今回やりたいのはこれじゃない気がする。 「わたしを離さないで」 一人称一視点。だけど登場人物が3人いて、それぞれに物語があるところがやりたいことに近い感じがする。しかし書き方うますぎてとても真似できない。高度すぎる。最も難しいという気がする。 ここまで読んで、「三人称多視点の群像劇系を読んだ方がいいかも」とおもって「かがみの弧城」を予約する。 ■3月 「かがみの孤城」 これは群像劇だったけど、語り手が主人公寄りの三人称一視点だったね。最後にトリックの種明かしというか、特殊なギミックによる三人称多視点の表現があるんだけど、これは特異ケースすぎて自分の本の参考にはできないなと思った。でもこの作品には効果的な使い方だと思ったし、たぶん追体験させる効果を狙ってわざわざ考えたんだろうな、小説家さんってすごいなあ…と思いました。余談だけど、後日談、いる…? ■4月 「ノーマル・ピープル」 語り手がいない三人称多視点。これもすごかった。翻訳されていることも相まって独特の地の文で、ひたすらフラットな瞬間を積み上げて現実を作っている感じ。語り手の気配はほとんどなく、淡々と進む。のにふと差し込まれる詩のような美しい表現に心がグッ!となる。空気だった語り手が急にポエムを読み出す。あんた誰なんだ…!? 話自体は途切れないまま、シーンのまとまりごとに視点が変わるようになっていて、回想や心理描写も自然に入ってくる。切り替えの参考になった。おもしろかったけど簡単には真似できないような気がする。ちなみにフラットすぎて最後まで読めず挫折した。 ■7月 「アイネクライネナハトムジーク」 三人称一視点の短編を積み上げることで三人称多視点の群像劇にしている本。文体としてはこの中だと「ノーマル・ピープル」に近いが、こっちは国内の本ということもあってまだ余韻や情緒に浸れる。短編を積む形で一話ごとに視点が変わるため、切り替わりは「ノーマル〜」より明確に分かりやすい。それに加えて時制で情報公開のタイミングをコントロールしていて意外性になっている。つまり未来と過去が複雑に入り組んでいて、視点の違いで徐々に明かされる感情が物語を立体的にしている、その難解さが面白い。これいいね! 語り手なしの三人称多視点寄りの地の文だと思う。でも基本的には一視点。さっぱりしていて淡々と進んでいく。引っ掛かりがほとんどなくてめちゃくちゃ読みやすかった。技術。私の場合は、この本みたいに時制テクニックとかがないと最後まで読んでもらえないかも、と思い出す。 ■8月 ・ギリヴブックライブラリー 「星を見上げる魚たち」 三人称限定視点。井坂さんのおかげで目指すべき三人称がなんとなくわかってきたので、三人称かつ視線の制御という意味で限定視点にした。結局一人称一視点の心にべったり入っていく感じがやっぱり好きだから、いいとこ取りを狙った感じです。映像らしさは捨てずに、3幕構成を核にしたまま、小説らしい視点操作によるミスリード、付かず離れずな語り手の立ち位置、意識的な情報選択、などをやってみた。プロットはシンプルだったはずなのに文章量が膨らみまくって混乱したが、これを書いたおかげで「そもそも映画脚本的な3幕構成をベースに小説を書くと異常に膨らむ(元が映像用だから)」ということと、「映像以上に小説は予測しやすく、型を使う以上、ある程度意外性を持たせる必要がある」こと、そして「お前が好きな映画には必ず苦しみが含まれているために、それに憧れるお前も必然的に苦しむ羽目になる」ということを確信した。なんだ、全部型の話だったのか。自分が下手だから苦しいだけじゃないんだ。改めてそれがわかると、「楽しい話」というジャンルの輪郭もわかってきた気がする。内部ではなく、外部に物語の推進力がある話ってことだったんだね。全然結びついてなかったが、わかるとな〜〜〜〜んだ、って感じである。安堵。 鯉壱の本にも活かせそうな気づきがたくさんあった。三人称限定視点を一話ごとに区切っていく形が相性良さそうという手応えもあったし、今までの書き方で書いても書いても終わらない理由もわかって本当に安心した。小説的な圧縮の仕方やシーンの扱い方を勉強すればよさそう。わからないことに対してこれかな、と思える瞬間、ガチで嬉しい。 ■9月 「わたしたちが光の速さで進めないなら」 これも三人称限定視点に近い。韓国の作者さんの本で、翻訳された文章ならではの距離感はあるが、自然と心理描写が入ってきて感情移入しやすい。これまだ全部読めてないけど、かなり参考になりそう。close wavebox 2026/02/28 edit
#「水槽の底歳時記」進捗小説の三人称ってなんなんだ?という混乱とともに本から本へ歩き回ったときのメモ
■2月
「モモ」
三人称一視点。語り手がいて、優しいけど一定の距離がある。3人だけの閉じた感じにしたいから、この書き方は私の本には合わなそう。
「西の魔女が死んだ」
三人称一視点。神の視点だけど語り手はいなくて、映像的な描写も多く手元のプロットに書き方が近い。美しく淡々としていて情景が浮かぶ。でも三人称だけどずっとまいの話で、今回やりたいのはこれじゃない気がする。
「わたしを離さないで」
一人称一視点。だけど登場人物が3人いて、それぞれに物語があるところがやりたいことに近い感じがする。しかし書き方うますぎてとても真似できない。高度すぎる。最も難しいという気がする。
ここまで読んで、「三人称多視点の群像劇系を読んだ方がいいかも」とおもって「かがみの弧城」を予約する。
■3月
「かがみの孤城」
これは群像劇だったけど、語り手が主人公寄りの三人称一視点だったね。最後にトリックの種明かしというか、特殊なギミックによる三人称多視点の表現があるんだけど、これは特異ケースすぎて自分の本の参考にはできないなと思った。でもこの作品には効果的な使い方だと思ったし、たぶん追体験させる効果を狙ってわざわざ考えたんだろうな、小説家さんってすごいなあ…と思いました。余談だけど、後日談、いる…?
■4月
「ノーマル・ピープル」
語り手がいない三人称多視点。これもすごかった。翻訳されていることも相まって独特の地の文で、ひたすらフラットな瞬間を積み上げて現実を作っている感じ。語り手の気配はほとんどなく、淡々と進む。のにふと差し込まれる詩のような美しい表現に心がグッ!となる。空気だった語り手が急にポエムを読み出す。あんた誰なんだ…!? 話自体は途切れないまま、シーンのまとまりごとに視点が変わるようになっていて、回想や心理描写も自然に入ってくる。切り替えの参考になった。おもしろかったけど簡単には真似できないような気がする。ちなみにフラットすぎて最後まで読めず挫折した。
■7月
「アイネクライネナハトムジーク」
三人称一視点の短編を積み上げることで三人称多視点の群像劇にしている本。文体としてはこの中だと「ノーマル・ピープル」に近いが、こっちは国内の本ということもあってまだ余韻や情緒に浸れる。短編を積む形で一話ごとに視点が変わるため、切り替わりは「ノーマル〜」より明確に分かりやすい。それに加えて時制で情報公開のタイミングをコントロールしていて意外性になっている。つまり未来と過去が複雑に入り組んでいて、視点の違いで徐々に明かされる感情が物語を立体的にしている、その難解さが面白い。これいいね!
語り手なしの三人称多視点寄りの地の文だと思う。でも基本的には一視点。さっぱりしていて淡々と進んでいく。引っ掛かりがほとんどなくてめちゃくちゃ読みやすかった。技術。私の場合は、この本みたいに時制テクニックとかがないと最後まで読んでもらえないかも、と思い出す。
■8月
・ギリヴブックライブラリー
「星を見上げる魚たち」
三人称限定視点。井坂さんのおかげで目指すべき三人称がなんとなくわかってきたので、三人称かつ視線の制御という意味で限定視点にした。結局一人称一視点の心にべったり入っていく感じがやっぱり好きだから、いいとこ取りを狙った感じです。映像らしさは捨てずに、3幕構成を核にしたまま、小説らしい視点操作によるミスリード、付かず離れずな語り手の立ち位置、意識的な情報選択、などをやってみた。プロットはシンプルだったはずなのに文章量が膨らみまくって混乱したが、これを書いたおかげで「そもそも映画脚本的な3幕構成をベースに小説を書くと異常に膨らむ(元が映像用だから)」ということと、「映像以上に小説は予測しやすく、型を使う以上、ある程度意外性を持たせる必要がある」こと、そして「お前が好きな映画には必ず苦しみが含まれているために、それに憧れるお前も必然的に苦しむ羽目になる」ということを確信した。なんだ、全部型の話だったのか。自分が下手だから苦しいだけじゃないんだ。改めてそれがわかると、「楽しい話」というジャンルの輪郭もわかってきた気がする。内部ではなく、外部に物語の推進力がある話ってことだったんだね。全然結びついてなかったが、わかるとな〜〜〜〜んだ、って感じである。安堵。
鯉壱の本にも活かせそうな気づきがたくさんあった。三人称限定視点を一話ごとに区切っていく形が相性良さそうという手応えもあったし、今までの書き方で書いても書いても終わらない理由もわかって本当に安心した。小説的な圧縮の仕方やシーンの扱い方を勉強すればよさそう。わからないことに対してこれかな、と思える瞬間、ガチで嬉しい。
■9月
「わたしたちが光の速さで進めないなら」
これも三人称限定視点に近い。韓国の作者さんの本で、翻訳された文章ならではの距離感はあるが、自然と心理描写が入ってきて感情移入しやすい。これまだ全部読めてないけど、かなり参考になりそう。close